高市早苗政権が積極財政を実行しようとしていることは間違いない。しかし、それはどのような積極財政なのか。それがいまや解明すべき点といってよい。積極財政=国債デフォルト=国家破綻という構図はあまりにも単純すぎるし、そもそも現実的ではない。いっぽう、いまも積極財政と聞くとハイパーインフレが怖いという評論家もいるが、それはどの程度の累積赤字からそうした危険があるのかを指摘しないかぎり、ほとんど無意味なのだ。こういうからといって私はMMT論者でもなければ、ペロン主義者でもない。ただ単に、主張や批判には根拠がいると思っているだけなのである。

ft.comより;積極財政の根拠が、たんなるムードでは効果は少ない
英経済紙フィナンシャル・タイムズ11月27日付は「日本は危険な債務妄想から抜け出す必要がある」を掲載した。記者はときどき日本経済について書いているロビン・ブルックスだが、読んでみて何だか30年くらい昔に引き戻された気持ちになった。なぜか? きわめて古典的な財政均衡論からの、きわめて普通の指摘が書いてあったからだ。「日本の財政はその柔軟性が限界に達しているという厳しい現実に直面しなければならない」というのだが、どのような理論に立って、どのようにそれを日本のデータと照合したのか? また、「財政の柔軟性」とは何のことを言っているのか。
ロビン・ブルックスはブルッキング研究所のシニアフェローで、元国際金融協会のチーフエコノミスト、ゴールドマンサックスのチーフ・フィナンシャル・ストラテジストだという。ヘッジファンドなどを煽って、昔のソロスのように日本国債を売り浴びせようとしているのかと、ほんの一瞬妄想が生まれたが、どうもそうではなさそうである。「日本はながらく天文学的債務を抱えてきたが、過去10年のあいだほどんと低金利で推移しており、これが債務は問題ではないという危険な錯覚を生み出している」というのだが、ここらへん、日本でもゴールドマン出身の評論家が同じようなことを言っているのを思い出す。

フィナンシャル紙は30年債の利回りが日本とドイツでは同じだが、
日本は巨額の債務を抱えている点が違うと述べている。しかし、それ
だけでは、日本の財政が破綻寸前であるということにはならない
「問題の核心はここにある。日本の巨額の債務負担は現実だ。低金利は現実ではない。国債利回りは日本銀行によって人為的に低く抑えられてきた。日本銀行は大規模な国債買い入れと、金利を目標水準に抑制する一時的なイールドカーブ・コントロール・プログラムを組み合わせることによって、利回りが市場によって決定される水準まで上昇するのを防いできたのである」
その通りだが、上の引用部分にはひとつだけ間違いがある。「低金利は現実ではない」という部分である。これは現実の金利政策であって、別に世界中に幻覚剤でも飲ませて、妄想を見させてきたわけではない。効果も現実のなかで生じている。もちろん、それは他の国に比べればきわどい金利政策だったが、ブルックスが認めるようにこのきわどいやり方は、コロナ禍の拡大で世界がインフレ基調に移行したことで継続が難しくなった。それが新しい問題の核心になったのだ。それもブルックスは本当は(無意識的にか?)ちゃんと書いていてくれている。

積極財政はいまや世界中で「常識」となったが、その先は見えない
「新型コロナウイルス感染症は世界を高金利均衡へと押し上げたため、日本の利回り抑制の実験に終止符を打った。このような状況下で利回りを継続すれば、自国通貨が怖ろしいほどの下落サイクルに陥るリスクがある。これらすべては重要な点を浮き彫りにしている。利回り上限は国家の高債務問題を解決するものではない。債権市場の危機を通貨危機へと変貌させるだけだ」
ただし、この文章にも2カ所分かりにくいところがある。「自国通貨が怖ろしいほどの下落サイクル」という箇所と「高債務問題を解決する」という箇所である。すでに日本円が長期的に下落したことを、わたしたちは十分に体験した。約50%の下落をしただけで、物価の上昇は食品に集中的に現れて、国内で100%自給できるコメの価格すらも急騰する事態なのだ。それは十分に怖ろしいと感じているが、もっと恐ろしいことになるというのなら、単なる警告だけでなく、何百%くらいの下落か教えて欲しいものだ。少なくとも何らかの判断の基準を提示してもらいたい。

ジ・エコノミストより:日本経済は何とか上向いていたのだが
そして、「高債務問題を解決」するというのは、いったいどうすれば解決したことになるのか。ここでは何も言っていないのだ。もう今やアメリカですらも対GDP比で累積赤字が100数十%になっているときに、即座に累積赤字をなくするという話ではないだろう。とはいっても、MMTのように累積赤字はまったく問題ではなく、単なる数値でしかないというわけでもあるまい。日本の財政と経済を心配してくれているのは有難いが、何をどうすることが、怖ろしいことを解消できたことになるのか、まったく分からない。高債務問題が程度の問題だとすれば、対GDP比で何%まで下げれば満足してもらえるのか。まったく書いても示唆してもいないのである。
「新型コロナウイルス感染症以降の円安の規模は、日本を深く動揺させている、2022年のある時点では、財務省が円高対策に介入していた一方で、日銀は依然として利回り抑制策を講じており、逆の効果をもたらしていた。これは実に驚くべき政策の矛盾であり、日本の政策コンセンサスがいかに行き詰まっていたかを雄弁に物語っていたといえる」

石破政権は、結局は財政支出を増やしたが、最初は懐疑的だった
ここでも当たり前のことを、大げさに嘆いてくれているだけで、何故その矛盾が生じてしまっているのか、その解決策は何なのか、解決した状態というのは、どういう状態をいうのか、そもそもそれは解決できる問題なのか、この記事は悲憤慷慨するだけで、何も日本に対して提案してくれていない。あるのはきわめてクラシックな新古典的な財政均衡論が正しいとした状態から外れた現象を批判しているだけで、論じるための原理そのものが崩壊してしまっていることには、何の関心も持ってない様子なのである。しかし、すでに財政政策を議論するための学説や理論が、いまやバラバラになってしまったことを認めない限り、そして、それを整理して自説を展開する以外、有効な議論は成立しなくなっている。
文句ばかり書いているようなので、ひとつだけブルックスが正しく触れている、日本に債務幻想が起こりやすい理由について引用しておこう。「日本の純債務は、政府資産を差し引いてしまうと対GDP比で130%に低下してしまい、総債務からするとかなり少ないものになってしまう。しかし、この数値は日本の財政を保証してくれるものではない。なぜなら既得権力の圧力に抗って政府資産が影響が出るほどの規模で売却する者がいるとは誰も思わないからだ」。しかし、これを言うのなら日本の国債はヨーロッパ諸国などとは異なり、ほとんどが自国で消化されてきたことも指摘しておくべきだろう。
私は高市政権の政策を支持・擁護するために、こうしたディテールの突っ込みをやっているのではない。実は、高市政権の経済政策には多くの矛盾が含まれており、また、高市その人の経済観といったものを必ずしも信用できない。ただし、批判するならばまず自分のよって立つ経済観あるいは経済学説を明らかにして論じるべきであり、また、他の学説についても十分な理解をもって取り組まないと、またしても妙に分かった気にさせる「おもしろ経済学」レベルで議論が沸騰して、結局、まったく役に立たなかったという惨めな結果に終わることになるだろう。インフレターゲット論がそうだったし(同時に行われた量的緩和やマイナス金利は、まったく種類の違う政策だった)、ましてやMMTが採用されたりすれば、もっと悲惨になるとわたしは予想している。

現実が混乱しているだけでなく、財政の考えかたが混乱している
いまの高市早苗首相の経済政策の問題は、すでに農政において明らかなように、これからじわじわと矛盾が露呈していくと思う。そうなるときには、すでにマスコミとの蜜月も終わっているだろう。財政については俗流MMTからのかなり強い影響があり、財政支出は高インフレにならないかぎり、いくらでも可能だというイメージを高市首相は持ち続けている可能性がある。いまはオリヴィエ・ブランシャール風のg>r(金利より経済成長率が大)であれば財政破綻はないとの説を採用しているようだが、これは単なる放漫財政のカモフラ―ジュかもしれないとの疑いを私は持っている。
それと同時に、事実上役に立たなかったインフレターゲット論の代表的論者を顧問格にしているなど(呆れたことに、すでに積極財政派になっているようだが)、周辺人事においても矛盾がはなはだしいのも気になる。政治家は清濁併せ呑むくらいがいいとはいうものの、ひょっとしたら経済政策そのものは、本当はどうでもよいのではないかとも思えてくる。もし、そうであれば、積極財政の名によるただの人気取りに走るのは目に見えている。これからの経済政策論議は、雰囲気に流されない根拠のしっかりした、論理的に厳密なものにしていく必要がある。
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これから折に触れて書いていくつもりだが、とりあえず、比較的最近に書いた、その概要に触れたものがあるので、興味のあるかたは以下の小論を読んでいただきたい。『通信文化新報』の2025年10月20日号に掲載された。
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高市早苗政権が採用している経済学はどのようなものか
いよいよ高市早苗政権が成立した。いよいよと言ったのは、高市氏がもたらしてくれるものに期待していた人たちが、やはり大勢いたからだ。なかには高市氏は日本初の女性首相として、女性の社会進出をもっと加速してくれると考える人がいるだろう。あるいは高市氏が消費税減税や給付金に対しアクティブに取り組むと信じている人もいると思われる。
ここで私が考えてみたいのは後者のほうで、これまで高市氏は「自国通貨を発行できる国が財政破綻することはありえない」とか「安倍首相時代にはプライマリーバランスがとなえられたが、私は国の債務の対GDP比が上昇しなければ、日本が財政破綻することはないと考える」と発言してきた。
自国通貨を発行できる国は財政破綻しないという説は、正確には「不換通貨である自国通貨を発行している国家は、たとえ巨額の公的債務を抱えていても、政治的理由以外ではデフォルト(国債の償還を停止もしくは償還スケジュールを変更)することはない」という通貨についての考え方から来ている。2019年ころから激しいブームになった「現代貨幣理論(MMT)」に代表される説といえる。
ということは、高市首相はMMT支持者なのだろうか。どうもそれだけではなさそうだ。高市氏は前述のように債務対GDP比(債務÷GDP)が上昇しないように財政をコントロールしようと考えているふしもあるからだ。これはフランス出身のアメリカで活躍しているO・ブランシャールという経済学者が、2019年に「公的債務と低金利」という論文で、g>rであれば公的債務が大きくても、その国の財政は破綻しないと論じて注目された。
ここでgとは経済成長率、rは金利のことで、つまり金利よりも経済成長率が大きいときには、少なくともしばらくのあいだは、財政破綻するようなことはないという意味である。このgやrは厳密にいうと様々な数値で検討されている。gは名目経済成長率でrが政策金利であることもあれば、gが実質経済成長率でrが国債利回りで計算されることもある。いずれにせよ経済成長率が金利より大きいことが財政破綻しない条件とされるわけだ。
新聞報道や著作で見た高市首相のこれまでの発言からの推測でいうと、高市氏個人の経済思想というのは、先ほど挙げた一時ブームとなったMMT支持者のかなり積極的な人たちと、いま説明したようなブランシャール(いわゆるニューケインジアンとされる)支持者の人たちが、競い合っているような印象を受ける。これから日本の経済政策の根幹、特に財政支出についての基本を支配する思考法が、この2つの考え方から形成されるのではないだろうか。
私が懸念するのはMMT支持者の中の強引な人たちが強い影響をもつようになると、財政出動をあまりに安易に行うようになる危険性もあるということだ。MMT派の経済学は確かに民間銀行の融資や財政支出のさいの金利などについて、専門家しか知らなかった知見を一般の人たちに開放してくれた貢献はある。しかし、これまで世界の国ぐにでもMMTを採用した政府はない。つまり、実践での経験と蓄積がほとんどないのである。
では、ブランシャールの学説はどうだろうか。実は前出g>r式はMMTの始祖とされているL・R・レイも入門書のなかで紹介しているように、それほど新規なものではない。ブランシャールの貢献は膨大なデータと多くの場合分けをしてみせて、これまでの経済学でもいまの状況に対応できることを示したことにある。そしてまた、同じ発想の研究はかなり進んでいて、2021年にこの欄で紹介したこともある。
もちろん、これも仮説の部分がまだ多い。安倍政権が採用してうまくいかなかったインフレターゲット政策のようになる危険性もある。ここで細かい経済学の専門的な議論をする気はないが、これまでの経済学の延長線上にあるということが、私などには安心感を与えてくれるのである。
【追記】締め括りの部分、どうも安心感を与えてくれるわけではなさそうである。いまの物価高が円安からくるコスト・プッシュ・インフレの部分が大きいが、日銀が金利を挙げないかぎり、コスト・プッシュを阻止・抑制する分野への政府投資が必要なはずである。ところが、政府支出の項目をみると、研究費などの項目もあるが、当面の民間需要に重きを置いた支出を行うようである。これではインフレ昂進は避けられない。