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東谷暁による「事件」に対する解釈論

いまネット上の情報に「正しい」はあるのか;価値観の分断が元凶であることを忘れてはならない

ポスト・トゥルースの時代といわれて久しい。流行語としてはトランプが大統領選で最初に当選したころに急速に普及したが、要するに何が本当か分からない時代になったということだ。最近はこれにAIによる誤情報が加わって、正しいことを知りたいとAI検索すると、それもまた間違っているという状態になっている。では、何を根拠として、どのように推論すれば「正しい」情報に到達できるのか。いまのようなAIがポスト・トゥルースを加速する時代は続くのか。


経済誌ジ・エコノミスト12月4日付は小さいが興味深いコラム「AIによる誤情報は逆説的な結果をもたらす可能性がある」を掲載している。タイトルだけ見れば、大いに期待したいところだが、さて、まず内容を簡単に紹介しておこう。同記事は「側斑トカゲ」の話から始まっている。正しい呼称は「ソクハンユタトカゲ」というらしいが、沙漠に棲んでいるトカゲで、その繁殖において興味深い現象が見られるという。

側斑トカゲのオスは大きくわけて3種類存在する。まず、体も大きく力も強い喉の部分がオレンジのトカゲは、ほとんどが黄色い喉をもつメスたちを多く従えて、ハーレムを形成している。次に、体が少し小さい青い喉のトカゲは、生殖のための交尾は特定の1匹と行う性質をもっている。さらに、オスにも黄色い喉を持つトカゲがいて、この黄色喉トカゲは、なんと、オレンジ喉のハーレムに忍び込んで、黄色喉のメスたちと交尾してしまう。「この黄色喉のトカゲは生物学者からは愛情をこめて『卑劣なファック野郎』と呼ばれている」。


勘がいい人は気がついただろうが、生殖の行動と成果においてオスの場合、オレンジ色は青色に被害を与え、青色は黄色に被害を与え、黄色はオレンジ色に被害を与える。つまり、この3種のオスのトカゲは日本のジャンケンのような三すくみの関係をもっていて、そのために全体からみた頭数が適度にバランスして、それぞれが延々と子孫を作っているというのである。そして、ジ・エコノミストは、このなかの青い喉をもつ側斑トカゲのように、正しい情報を多くの取材と厳密な分析から提供しているメディアが、これからも生き残っていけないものかと夢見ているのだ。

ちょっと先を急ぎすぎたかもしれないが、ジ・エコノミストの記事は、インターネット上でAIによって提供された情報というのは、一見、ちゃんと取材と検証をへたように見えても、必ずしもかつての有力なジャーナリズムが提供しているもののレベルには達していないといいたいわけである。ちゃんとした取材と検証をへていないという点は、わたしもその通りだと思う。しかし、では、いわゆる旧メディアは本当に取材と検証をしてきたのだろうか。また、取材をしたとしてもそこに検証のさいのバイアスがかかっていなかったのだろうか。


読者による情報の選択の過程を、同誌は新規採用を行う雇用主にたとえて説明している。多くの就職希望者の中から、優秀で自社にとって有益な人材を選択する最初のスクリーニングとして、学歴や学位を参照することは世界中で当然のこととして行われてきた。「資格によって雇用主は優秀な応募者とそうでない応募者を見分けることができる。これは経済学者が『分離均衡』と呼ぶ状態を生み出し、応募と雇用との有効な取引を可能にする」。

この関係を、たとえば新聞をどのように買うかに応用すれば、その新聞がブランドとして成立しているかどうかでスクリーニングすることに相当するというわけだ。新聞そのものが草創期には、まだブランドが確立していなかったので、購入者のほうも選択に手間取っていた。しかし、その新聞の情報の信用度や、見解の適切性が分かるようになればブランドが確立される。ところが、このブランドがAIによって損なわれているというわけである。


ジ・エコノミストはいかにも同誌らしく、この現象を「分離均衡」から「プーリング均衡」に退化しつつあるとアカデミックに表現している。この「プーリング均衡」とは、ノーベル経済学賞受賞者であるジョージ・アカロフが「不正な取引は誠実な取引を市場から駆逐する傾向がある」と説明している。もっと分かりやすい、アカロフやスティーグリッツが用いた例でいえば、中古自動車販売業者が購入者が判断できない欠陥をもつ中古車(レモン)を何食わぬ顔をして売る現象のことでもあるだろう。

こうした「レモン」情報をばらまかれないようにするために、ジ・エコノミストが提案しているのは、その情報を作成した取材や検証に関するデータを必ず付すということである。たとえば動画についても、いつ、どのようなツールが使用されたかを埋め込むことだという。そうすれば、たとえば優しいトラが死にそうな子犬を助けるために、森の番人に知らせにいくというビデオを見ても、それが作り物だということは分かるかもしれない。しかし、もっと重要な部分をジ・エコノミストは無視していないだろうか。


ポスト・トゥルースの現象には、まさにトランプ現象と共に注目されたように、そこにイデオロギーがからむとトゥルースを主張することが無意味になるという、もっと深刻な問いがあった。これは実は昔から存在した。たとえば、ベトナム戦争の報道でナショナル・ジオグラフィックが戦場の村の住人に対して、アメリカ兵はやさしくしているという映像を掲載するさい、たとえ撮影の日付や場所、そしてカメラの種類を付記しても、それが「真実」かどうかは分からなかった。そしてまた、正確を期そうとしているジ・エコノミストの大統領選の支持率報道が、調査の段階ですでに民主党にバイアスがかかっていたため、ハリスが惨めな敗北をするという予想を隠してしまっていたのではなかったのか?

「側斑トカゲの交配戦略はジャンケンのような性格を持つために、いずれかの色が多くなりすぎると、他のいずれかの色が有利になる。そのため個体群全体が競争的で、時には残酷なことではあるものの、調和を保つことができる。楽観的に考えると、誤情報の発信者の生産性が急上昇すれば、青い喉を持つトカゲのジャーナリズム版、つまり真実を伝えるという評判に固執している出版物にも、同様の優位性をもたらすかもしれない」


これが同誌のこの記事の結論だが、同誌の多くの編集記者たちはこれほど楽観的でないことを祈りたい。報道に時間や手段を付すのは、ジ・エコノミストのデータものの記事においてどれほどの説得性を持つかは理解しているつもりだ。しかし、この記事が自然界の均衡を模範としているかぎり、説得力はほとんどないといってよい。自然の均衡という概念すらも、しばしば疑問視されていることがあることは、ここでは無視してもよい。

すでに触れたように、人間の世界にはイデオロギーがあり、そして何より、現実を変更し意図的に隠蔽するなどの、主体としての関与が存在している。その種の関与は自然の均衡すら破壊する。自分たちが正しい報道をしていると信じていても、実は、その正しさを信じているのはそのメディアだけであることは多い。トランプたちもある意味で真剣なのだ。ただし、それは主体関与の弊害を低減化するために漠然と存在したルールを、強いアメリカのためならすべて無視してよいと判断しているという点で、文明や歴史への裏切りなのだが。