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東谷暁による「事件」に対する解釈論

睡眠を削ると政治がよくなるのか?;トランプ大統領と高市首相の根本的な違い

睡眠についてはさまざまな説があり、少ないのはよくないという常識的な意見もあれば、多すぎるとかえって判断力が鈍るという説もある。核になるような数時間の睡眠さえしていれば人並みに寝なくてもよいという人もいれば、俺は8時間寝ないと頭も体も十分に動かないと公言する人物も存在する。大雑把に言ってしまえば、それぞれのやり方があるということになるが、自分の睡眠はどうあるべきか見つけるのが難しいし、これがいいと思っても、なかなか思い通りにはいかない。


英経済紙フィナンシャルタイムズ12月27日号に同紙東京支局長のレオ・ルイスが「睡眠の政治的武器化」というものものしいタイトルのエッセイを書いている。ルイスの日本経済論はしばしば類型的で、誤解が多いのでパスしたいところなのだが、まあ、テーマが睡眠であり、しかも、このエッセイはけっこう注目されていることもあり、さっと読んでみた。これはトランプ大統領高市早苗首相の睡眠節約的な活動を揶揄しているものだが、睡眠を減らせばいい政治ができるとは限らないという指摘は正しい。

トランプは前任者のバイデン元大統領を「スリーピィ・ジョー」(居眠りジョー)と揶揄するのが常だったが、では自分はどうかといえば、自分自身が会議中に居眠りをすることが多くなっている。ところが、睡眠を減らして活動することが、いい結果を生み出すというトランプの不眠哲学は、変わっていないらしい。大統領選挙中にも「あまり寝ない」と自慢し、深夜にもツイートの連投をやっているが、これはルイスによれば、実は計算された見せかけにすぎない。サウジアラビアの皇太子を「あまり寝ない」のが立派だといっているが、この皇太子さまは素行がかなり悪いともいわれている。


「ところが、トランプには睡眠を武器化する他の味方も出てきた。日本の高市早苗首相は10月首相に就任した直後、ワークライフバランスを捨てて、仕事、仕事、仕事、仕事、そして仕事を追及すると宣言した。その後も高市首相は国会でも毎晩数時間しか眠らないと述べて、政府関係者によれば、真夜中にいきなり会議を招集するという習慣があるらしい」

困った大統領と同じく、高市首相も眠らないということを武器としている困った首相なんだと、日本支局長のルイスは言いたいらしい。その根拠として彼は、ギネス国際記録認定から1997年を最後に、連続府民記録を廃止した理由を挙げている。廃止の理由として、第一に、まだら的な睡眠をどう評価するかという技術的な問題があったこと。第二に、記録に固執して不眠症を引き起こしてしまい健康を損ねる者がでてしまうという道徳的な問題が指摘されたこと。そして第三に、これが最も注目すべきだが、脱水症状を起こすなどの点でも、肉体的に危険な状態を生み出す可能性があったことが大きかったという。


「この睡眠の政治化がもらたす差し迫ったリスクは明白だ。トランプの場合、(政敵に対して)居眠りやエネルギー不足を非難するために構築された彼のプロパガンダ機関が、こんどは自分たちが徹夜を繰り返して、自分たちの大統領が他のダメな大統領に比べて、睡眠不足に屈していないという幻想を創り上げるのに汲々とすることになるだろう。しかし、最も大きなリスクは、非人間化だろう。レトリックであれ商業化であれ、不眠を強さと見なすのは、人間を忍耐力だけで評価する醜いナンセンスといえる」

アメリカ大統領で思い出すのは、クリントン大統領が引退後に書いた自伝で、奨学金を幾つも得られるようになるために、学生時代から慢性的な睡眠不足になり、それが大統領時代もずっと続いていたことを告白していたことである。そのいっぽう、レーガン大統領の一風変わった伝記『ダッチ』によれば、彼は朝8時に大統領としての仕事を始めるが、それを午後3時ころには終えてしまっていたという。どこかの国の首都の知事に就任した作家も、朝出勤しても午後の早い時間に自宅に戻り、分厚い防音扉のある書斎で小説やエッセイを書いていたという話がある。

問題となるのは危機が生じたときに、その政治的リーダーがベストに近い状態で決断と行動ができるかだろう。自分はもう居眠りを頻繁にやるようになっているのに、自分が用いた政治的レトリックに復讐されるのは論外として、睡眠のとり方には年齢差や個人差があるので、それはそれぞれに任せるしかない。その点、トランプのような高齢になればレーガンに見習ったほうがいいだろうし(トランプはレーガンを尊敬している)、高市首相の場合は、好きか嫌いかは別として、無理に作家で政治家だった某知事の生活パターンに合わせる必要はない。いま、高市首相が目指していることは、充実した睡眠ができることよりも、それを多少犠牲にしても着実な業績を重ねることだろう。

最後は、英経済紙からの話題なのだから、トランプや高市だけでなく、チャーチルについて思い出しておきたいものだ。チャーチルには多くの神話や伝説があって、本当の姿が見えにくいという難点があるが、彼が「黒い犬」と呼んだ繰り返しやってくる鬱状態があったことは本当だろう。そのいっぽう、ぎりぎりに追い詰められたとき、しばしば判断に鮮やかな瞬発力が発揮されたことも間違いない。映画などでは弱気になったチャーチルの頬をひっぱたくのは、妻の役割ということになっている。これなど絵になるので映画向きだが、しかし、それだけではなかった。

多くあるチャーチル伝のひとつを書いたジャーナリストのポール・ジョンソンは、まだ若かった頃、ロンドンで偶然にチャーチルその人に遭遇した。ジョンソンはそれまで抱いていた質問をいきなりチャーチルにぶっつける。「チャーチルさん、あなたの成功の秘密は何ですか」。チャーチルは若者に向かって微笑みながら答えた。「エネルギーの節約だよ。座っていられるなら決して立たない。寝ていられるなら決して座らない」。トランプはもう高齢ゆえにこれを実践せざるをえないだろう。そして高市首相はこれを意識的に試みなければならない。