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東谷暁による「事件」に対する解釈論

AIバブルの崩壊はどこから始まるか;少なくともスーパーや小売店からではない

これから日本経済はどうなるのか。それは今年の株式の動向が多くを示唆することになるだろう。もちろん、金融商品は多様化しているが、実体経済ともっとも密接なのは株式市場に他ならない。1990年の日本の不動産バブルも、2000年のITバブルも、そして2008年の金融危機も、もっともよく未来を映し出したのは株式市場だった。さて、それではわれわれは何に注目すればいいのか?


英経済紙フィナンシャルタイムズ1月2日付は、日本経済担当のレオ・ルイス記者による「日本の『ゴルディロックス危機』がいまや運命を左右する地点にある」を掲載している。ルイスは日本経済を論じるさいに、しばしば日本社会の特質(あるいは特殊性)に搦めて論じる傾向があるが、今回もそれは同様だ。ただし、今回はそれが日本経済だけでなく、論理的にアメリカ経済および世界経済へと、波及するものであることを示唆しているので、読んでおいて損はないだろう。

日経新聞より:バブルが激しいのはやはりAI関連である


「日本のスーパーマーケット『イオン』の2025年の株価は101%もの急成長を記録した。それはまさに『ゴルディロックス危機』が迫っていることを告げているかもしれない。ゴルディロックスとは、経済、人口、政治の脅威が油断できないほど冷たくはなく、また急激な変化を促すほど暑くもない状態を示すが、そうした状態が崩壊するゴルディロックス危機とは、成否を分ける瞬間が来るとの予兆を示す恐怖の瞬間にほかならない。その瞬間が2026年になる可能性は高いのである」

日経より:売上だけなら、セブン&アイがイオンを超えている


ここからルイスはいかにイオンが2025年には株価が上昇したかを指摘し、それはイオンが採用した「株主優待」戦略がもたらしたものだったと説明し、同時に、それがいかに危いものかを示唆している。回りくどい書き方をしているので、ざっくりと述べてしまえば、この株主優待サービスとは、イオン株を100株以上もっている消費者は、買い物をしたさいに3~7%の値引きをしてもらえるというサービスである。これはかなりのお得なサービスで、イオンの株価を急伸させる原因となっていたが、2026年にはこれが逆に障害になって株価を下落させることになるというわけである。

ルイスはその単純な話を説明するにあたって、高市早苗政権の成立との関係を述べようとしているのだが、例によってかなり強引にポピュリズム的政権とポピュリズム的ビジネス戦略を結び付けようとしている。少なくとも私にはそれはうまくいっているようには感じられない。イオンは2025年に高市政権が成立しなくても、その前からやってきた株主優待サービスを続けたと思われるし、だいたい他のスーパーでも、たとえばセブン&アイ・ホールディングスでも、株主優待サービスは行っている。

日経より:この1年の業績がすべてAIによるものではない


ただし、イオンのサービスが他のスーパーに比べて、かなりのお得な仕組みだったことは間違いないだろう。自分の買い物を前提とした簡単で荒い計算だが、イオン株100株を持つには25万円ほど必要で、1回で1500円の買い物を月に20回やったとして、3%のサービスとなれば1年で約1万円になる。それに対して、セブン&アイのほうは100株得るには23万円ほどですむが、得られるサービスは2500円ほどとかなり少ない。したがって、イオンがかなりの経費を覚悟のうえで、現在の株主優待サービスをしていることは確かだが、それが高市政権のポピュリズムとどう関係があるというのだろうか?

ゴルディロックス経済について述べるならば、日本の金利の低さと財政支出の継続の関係について触れないわけにはいかない。ルイスはこの点、フィナンシャル紙の読者のレベルを高く評価しているようで、まったく触れていない。簡単に述べてしまうが、フランス生まれの米経済学者ブランシャールが、経済成長率を金利より高く維持すれば財政赤字をしばらくは続けられると論じたことから始まっている。つまりは、野放図だとされていた財政支出も、金利と経済成長率を比較したときには、必ずしも野放図でない条件があると指摘したわけである。

フィナンシャル紙より;イオン株の伸びはいくつもの要素からなっている

 

さらに、ミアンを始めるとする3人の経済学者たちが、経済成長率を金利より高く維持できれば、財政累積赤字の増加率が経済成長率より低い状態を続けられる期間があると数理的に証明して、その期間の経済を「ゴルディロックス経済」と呼んだ。ルイスの議論はこうした前提をすっとばしているだけでなく、1企業におけるミクロ経済の「ゴルディロックス」の状態と、マクロ経済における1国家の「ゴルディロックス」状態をごっちゃにしているのである。

イオンについて言えば、いまの好循環をゴルディロックスと呼ぶことができるかは疑問だが、大盤振る舞いの株主優遇サービスは、いまのところ株価を押し上げる効果があり、売上の上昇と株価の上昇がシンクロしていることは確かだろう。しかし、ルイスにいわせればそうした好循環は2026年には継続できなくなるというわけである。たしかに、101%もの株価上昇が今年も続かないという予感は私も同意する。ただし、それは株主優遇サービスが同社の赤字を増やすからというよりも、他の株価、とくにAI関連銘柄が暴落するからであって、財政ポピュリズムに陥っているからとは言えない。いまのところ高市政権は経済成長率を金利より高くすることを目標としている。


AIとイオンの株主優遇サービスには、それほどの深い関係はないと思うが、ただ、イオンはお客の支払いについて、かなり急速にデジタル化したことは確かである。イオンの店内に入るや、スマートフォンのような機器を自由に借りることができ、これで買い物のバーコードを自分で読んで専用のキャッシャーに行けば、そのままデジタル的に決済されてしまう。もちろん、クレジットカードや電子マネーでも決済できるし、現金のための機器も備えてある。おそらくデジタル化された決済はデータ・センターに送られて、これまでよりはるかに自動的かつ効率的に会計データとして蓄積・分析されるのだろう。

こうした決済システムを急速に進めたから、イオンの株価が2倍超に上昇したとはいわないが、すくなくともそれも電子決済を推進している企業のイメージを、加速する要素にはなっている。だが、たとえば費用対効果で見た場合どうなのか、イオンの内部資料を見たわけではないので判断できないが、これまではうまく行っているように見えた。そしてそれはルイスが思っているような、崩壊に遭遇する危険はたしかにあるわけである。


ハリスは、異様にすら思われる日本特有の株主優遇サービスによる株価急騰を軸にして、いまの日本における経済バブルと政治ポピュリズムを串刺しにしてみせようと思ったのかもしれない。しかし、経済バブルはまちがいなくアメリカのAIバブルから始まっており、日本の株価バブルも上位はほとんどAI関連企業が占めていて、これは単なる追従ブームにすぎない。また、高市政権に政治ポピュリズムを見たい気持ちも分からないわけではないが、同政権の高い支持率など実は、一時的で脆弱なものかもしれないのだ。

イオンの株価バブルも、それはあくまで1企業内の戦略の当否であって、いまのAIに対する過大評価が失われることによる株式暴落や金融経済の動揺、あるいは財政金融政策によるマクロ経済の行き詰まりが、高市政権のポピュリズムと必然的な関連性があるわけではない。イオン株が急落しても、野放図な株主優遇サービスをしなければよかったか、あるいはそのことで得られる株価の上昇と、経費の節約や売上とのバランスを、適切に予測できなかったことになるだけの話だろう。