「幸運を祈る。成功を期待しよう(ゴッド・スピード)」。1月2日の午後11時少し前、トランプ米大統領は自国軍にベネズエラ大統領の誘拐・拘束を命じた。数時間後、ベネズエラのマドゥロ大統領は邸宅の敷地内の安全室に移ろうとしたところで米軍兵たちに拘束され、ヘリコプターでアメリカに移送された。トランプは「マドゥロは安全な場所へ移ろうとしていたが、もう、そこは安全ではなかった」とコメントしている。

作戦を見守るトランプと拘束されたマドゥロ大統領
英経済紙フィナンシャルタイムズ1月4月付の「マドゥロ逮捕に向けた米国の大胆な作戦展開」はトランプの命令で行われたベネズエラ大統領の誘拐と拘束と移送を詳細に伝えている。それはアメリカ政府が細かなデータを含めた作戦の一部をマスコミに向かって提供していることで可能になった。たしかに米軍の作戦はほとんど完璧に成功したと思われるが、それは相手が麻薬輸出を支援してきた指導者をいただく国家であっても、軍事的には弱小国といってよい存在だからだった。

激しく攻撃するいっぽうで、マドゥロ大統領邸を急襲した
米軍のダン・ケイン統合参謀本部議長は、1月3日の記者会見で、ベネズエラへの地上攻撃とマドゥロ大統領およびその妻との拘束について語り、戦闘機や無人機など150機以上の軍用機が使われたことを明かしている。誘拐と移送の任務を担った部隊がマドゥロ邸に接近していくなかで、ステルス戦闘機F35などの軍用機が、上空から部隊を運ぶヘリコプターを援護した。そのなかの軍用機1機のみが攻撃らしい攻撃を受けたが、米軍に死者は出なかったという。

作戦に使われたヘリコプター
こうしたアメリカ政府および米軍の行動は、別に今回が初めてではない。1989年にノエリガ将軍が支配するパナマに対して、当時のブッシュ父親大統領が米軍による武力行使を行ってノエリガを拘束し、アメリカ国内でさばいてフロリダの刑務所に入れた。麻薬関連の不正ロンダリングやパナマに派遣された米軍兵士の殺害、さらには同年の選挙結果の不履行などが拘束の理由で、たしかにとんでもない大統領だったが、アメリカ国内にいるのならともかく、軍隊によってノエリガを拘束して連れてきて、刑事罰を科す権利がアメリカにあったのかは、いまも不明である。
アメリカ合衆国はこれまでも「国内政治を重視しよう」との掛け声で内政重視になる政権はいくつも生まれてきたが、この場合の内政とは北南米全体を含んでいることが多かった。これをモンロー主義と呼ぶが、それは第5代大統領モンローが「モンロー宣言」を行って、旧世界であるヨーロッパ諸国が新世界アメリカに干渉することを排するよう要求したことから始まっている。いまだにモンロー主義とは単なる内政重視だと思い込んでいる人もいるが、この場合の内政とは北南米全体をさしており、「アメリカ合衆国が北南米大陸に覇を唱えることに干渉するな」ということであると理解したほうが歴史的に正しい。

今回の場合もトランプは外交や軍事において、自国には北南米全体への支配を主張することはおかしくないと考えているだろう。彼が尊敬するレーガン大統領もこの意味でのモンロー主義者であって、レーガン時代はそれまででもモンロー主義が強まった時期だとする研究書もあるほどだ。大戦間はアメリカがモンロー主義に傾いた時期だといわれるが、しかし、その間、中国やアジアの権益をめぐってアメリカが激しくヨーロッパ諸国と日本に干渉したことは、この時代に関心のある人ならよく知っている歴史的事実である。
前出のフィナンシャル紙1月4日付は他にも「トランプはマドゥロ大統領を打倒し、ベネズエラを『運営』すると宣言し、米国のパワーを誇示した」を掲載しており、このトランプの作戦の背後には石油利権があったことも指摘している。「今回の攻撃は、通知があるまでワシントンがベネズエラを統治し、同国の石油を管理するというトランプ大統領の宣言が伴っていた。今回の事態は、麻薬密売容疑による船舶攻撃やベネズエラの石油輸出禁輸措置を強制するための海上封鎖など、アメリカとマドゥロ政権の対立が数か月にわたって激化した後に起きたものである」。

トランプはマールアラーゴで作戦を見守った
そして、もうひとつ、経済的ファクター以外にもトランプが、いまやらねばならない政治的ファクターがあったと思われる。おそらくそれは、ウクライナ和平もガザ問題もしばらく華々しい成功は無理だということが明らかになってきたことと関係している。ウクライナのゼレンスキー大統領は自分の人気が下落するのを避ける意味でも領土割譲はできないし、ロシアのプーチンもウクライナ東部の領土割譲がない和平などまったく考えていない。また、ガザ地区での武力展開をイスラエルのネタニヤフ首相はやめる気はないし、ハマスが自ら組織を解体するなどということは、自殺行為なのだから実行するわけがない。
トランプの国内人気対策は中間選挙が近づくにつれて切迫してきており、そして同時にますます難しいものになっている。そこに麻薬密売とつながりがあり、民主勢力を弾圧しており、アメリカのいうことをさっぱり聞いてくれず、さらに石油利権をたっぷりと持っている悪辣な指導者が、伝統的モンロー主義が対象にしてきた西半球にちゃんといてくれるのは、これこそ「グッド・スピード」ではないか。そういう意味では、トランプは福音派の人たちが信じているように、「神に愛でしられし」指導者かもしれない。