イランとアメリカとの暫定合意が成立したもようだ。しかし、この停戦合意がこのまま60日間の追加的な交渉のなかで維持されると信じている人はいないだろう。なぜなら肝腎の核開発問題について、イランがこれ以上の妥協をするとは思えないからだ。そしてまた、イスラエルのネタニヤフ首相がトランプ大統領のいうことを律儀に守って、ヒズボラ攻撃を停止し続けることもありえない。

イスラエルを非難するヴァンス副大統領 フィナンシャル紙より
英経済紙フィナンシャルタイムズ6月19日付の「イランは凍結60億ドルの資金にアクセスできる。ただしアメリカ製品を買うことになる」は、今回の暫定合意の「成果」を並べていると同時に、アメリカの「勝利」や「寛容」を示そうとする、苦しい事情を浮き彫りにしている。アメリカはイランの資金の凍結を解除するが、その資金はアメリカ製品を買うことを義務付けられているというのだ。
同記事は後半で注目の「濃縮ウラン」の処置についても触れている。「イランとアメリカは、イランが保有する濃縮ウランの『処分』を『相互に合意するメカニズムに従って解決する』ことにも合意している。その合意によれば、少なくともイラン政府は国際原子力機関(IAEA)の監督下、『現地で』濃縮ウランを希釈することになる」。この「現地で」という点においても、アメリカは妥協せざるを得なかったのだろう。

イラン資金凍結の解除はいつまで続くか フィナンシャル紙より
イランは9000キログラム以上の濃縮ウランを保有しており、そのうち440キロは兵器級に近いレベル(60%の純度)で、トランプはイランに対してアメリカへの引き渡しを要求していた。資金凍結の解除についても多くの批判があるが、この点についても当然のことながら、アメリカ国内ではトランプは「甘い」との批判が生まれている。トランプが放言し続けてきた話からすれば、アメリカ側の妥協があまりに大きいからだ。
「この合意は一部の共和党員やトランプの批判者の間で反発を招いている。彼らはトランプ大統領が11月の中間選挙を前に原油価格を引き下げようとしているなかで、この合意はあまりにもイラン政府への譲歩を与えていると主張している」

暫定合意文書にサインした両国 フィナンシャル紙より
それだけではない。フィナンシャル紙6月19日付には「JDヴァンス副大統領、イラン核合意批判をめぐりイスラエルを激しく非難」を掲載している。すでに述べたように、暫定合意が行われて、これから60日間の追加的な交渉(特に濃縮ウランの処置について)が行われようとしているなか、合意の前提となっているイスラエルのヒズボラ攻撃停止が破られる危険が高まっているのだ。
「ヴァンス副大統領は、トランプ大統領のイランとの合意に対するイスラエル政府の批判を激しく非難し、ネタニヤフ首相の内閣に対して、ワシントンを批判しないように警告した。このヴァンスの非難は、いまや利害が乖離したアメリカとイスラエルとの緊張を高めている。ネタニヤフは、トランプの暫定合意をめぐり、イスラエル国内で強い反発に直面している。イスラエル国内の多くの人びとは、この合意をイラン政府に対する屈服とみなしている」

譲歩しすぎだと批判されているトランプ大統領
屈服とまでいかないにしても、中間選挙を前にしているトランプ政権としては、何としてもホルムズ海峡の開放を確実なものとして石油高騰を抑えるだけでなく、何らかの「勝利」を得たかった。その焦りもあって、イスラエルにしてみれば「屈服」を、世界的な意義からいえば「妥協」を、そしてアメリカ国民の一部からすれば「過大な譲歩」を受け入れたわけである。これはイランの「外交(暫定的)勝利」といってよいだろう。
もちろんアメリカとイスラエルによって繰り返された爆撃や暗殺により、イランでは多くの軍事施設やエネルギー施設が破壊され、政治的指導および宗教的指導についても危機がもたらされている。しかし、ホルムズ海峡を巧妙に使うことによって経済的不安をかきたて、モジュタバ・ハメネイ体制の仮想的維持という危うい方法をとることによって(実体はイスラム革命防衛隊の支配だろう)、アメリカに対して外交的勝利を得ていることは間違いない。しかし、いまの小康状態はおそらくイスラエルによって崩されるのではないだろうか。もちろんアメリカにとってさらなる苦境に転落する方向にだが。
【追加】6月19日付のロイターは「イスラエルとヒズボラ、停戦で合意=米当局者」との情報を流している。かなり短いものだけれど、肝心の部分だけ紹介しておこう。
〈米政府高官は匿名を条件に「ヒズボラとイスラエルが停戦に合意した」とし、米国とカタールの交渉担当者がイランの協力を得て今回の合意をまとめたと述べた。そのうえで「きょう交戦があったが、イスラエルとヒズボラは現在は停戦状態にあると理解している」と語った〉
何のことはない、アメリカ当局だけが停戦状態にあると強弁しているだけなのだ。これでは最初から虚偽を述べているわけで、「合意した」とか「理解している」とか、えらそうに述べている当局者の信頼性が、すでに怪しいということなのである。この報道のただしいタイトルは「すでにイスラエルとヒズボラの停戦合意は破綻」だろう。
【追加:6月20日23:00すぎ】案の定、イラン軍は20日、ホルムズ海峡の通行を封鎖すると表明した。イスラエルによるレバノン南部への攻撃が継続されており、米イランが合意した覚書への違反だと主張しているようだ。以上はイランのメディアが報じているので、一方的な表明だという人もいるかもしれない。しかし、これはあまりにも予想可能な事態であり、起こるべくして起こった。アメリカのトランプやヴァイスが何と言いくるめても、それはイランには通用しない。あまりにもアメリカはイランとの交渉のなかで裏切りを繰り返してきたし、また、イスラエルはアメリカとイランとの暫定合意をそもそも「我々は当事者ではない」と言って認めていないのだ。
以下はフィナンシャルタイムズの2時間ほどまえの記事の冒頭部分だ。
〈イスラエルとヒズボラははレバノン南部で交戦した。アメリカとイランとの暫定合意からわずか1日しかたっていない。これはトランプ大統領が進めているホルムズ海峡の開放とアメリカ軍のイラン攻撃への障害になるだろう。イスラエルとイランが支援しているレバノンの武装勢力の衝突は、イラン政府にアメリカとの核関連交渉開始を延期させることになった〉