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東谷暁による「事件」に対する解釈論

トランプはイラン戦争に勝った?;どのように言いつくろえばウソがいえるか検証する

イラン戦争はどちらが勝ったのか? いまの時点で厳密に論じることはむずかしい。クラウゼヴィッツの『戦争論』にもあるように、評価のさいの時間の長短を変えることでその戦争の評価も、しばしば変わってしまうからだ。しかし、いまの時点で第二次トランプ政権の時代に限定すれば、これもまた「戦争とは武力を用いて自分の意思を相手に受け入れさせること」とのクラウゼヴィッツの定義にほって、とりあえず暫定的な評価をすることはできるだろう。


ここで取り上げるのはスコウクロフト戦略安全保障センター副所長のマシュー・クローニグが外交誌フォーリンポリシーに6月23日付で投稿した「アメリカはイラン戦争に勝利した」であり、惹句を引用すれば「アメリカは決定的な一撃ではないが、ポイントで勝利した」とい論文である。つまり、ボクシングでいえばノックアウトできなかったが、判定でみればアメリカは勝っているというわけだ。

まず、クローニグの主張を見てみよう。最近、アメリカはイランとの覚書で、ベトナム戦争より深刻で、かつて英国にとってスエズ動乱でうけた屈辱的敗北に匹敵する、壊滅的な損失と受けたとする説が通説となりつつある。しかし、それは誤った誇張的表現であるとクローニグは断じている。その理由をいくつかあげているが、それは「通説」が主張していることをひとつずつ否定することで構成されている。まずは結論的部分を見よう。


「トランプ大統領が命じたエピック・ヒューリー作戦は、イランの核開発計画、通常兵器、防衛産業基盤、そしてイランの指導部をいちじるしく弱体化させた。つまり、トランプ大統領が掲げた目標のほとんどすべてを達成した。戦争以前の数十年間、イランはアメリカの国家安全保障にとって最大の脅威のひとつであった。いまやイランは1979年のホメイニ革命以来、もっとも弱体化している」

その他、付随的に達成したことをクローニグは並べているので、それらをここに集めてみよう。まず、この戦争はアメリカが依然として大規模な軍事行動を行う意思と能力を持っていることを示した。また、この戦争はアメリカ軍にとって訓練の機会になった。そしてアメリカの軍事的計画立案者たちは、イランがアメリカと世界の経済に脅威であるという長期的見通しが正しかったことを証明した。さらにこの戦争はイランの指導部、核開発計画、ならびに通常兵器による軍事力は、アメリカとイスラエルの恩恵によってのみ存在できることを明らかにした。


しかし、トランプがこの戦争の目的としていた核心的なテーマは、実は、覚書ではなんら方向性すらも決定されずに、覚書以降の60日の協議に残されている。つまり、短期的にはホルムズ海峡の開放と長期的にはイランによる核開発の中止である。アメリカが勝利したというクローニグは、奇妙なことに「私はこの覚書にある全条項が実際に履行される可能性は低いと考えている」と述べている。つまり、覚書は十分には遂行されないというわけである。

しかも、クローニグは「限定的な制裁緩和と引き換えにホルムズ海峡を再開するという条項は、『即座』に発効する予定ではあるが、イランの核開発計画や大規模な復興事業に関する条項などは、今後60日かけて交渉される予定である」と述べながら、直後に「イランの指導者たちが核開発計画を放棄するとは考えにくい。また、アメリカの指導者たちがテロ国家(イラン)にマーシャルプランのような支援を、実際に実行に移すことはないと私は願っている」というのである。


そして、いまや実際に、ホルムズ海峡の開放はイスラエルの動向からしてすでに怪しくなっており、核兵器開発の阻止もクローニグが予想するようにイランは妥協しないだろう。その見返りとしてぶら下げた餌であるイランへの復興プランも実行されない。こうした事態を、ほかでもない論文の筆者であるクローニグ自身が予測し、また願っているというのだから、いったいどこをどうすればトランプの戦争目的が達成されたことになるのだろうか。クローニグが達成されたという項目は、すべてが付随的なものに過ぎないのである。

クローニグは、彼が精神的に正常な状態を保っているとすれば、この論文をかなり無理に書いていることが明らかだが、同じようにトランプ外交を肯定的に述べてきた政治学者でも、イラン戦争の失敗は認めている例が少なくない。たとえば、ハドソン研究所のウォルター・ラッセル・リードは、第二期トランプ政権については期待を込めて支持してきた政治学者だが、6月15日付のウォールストリート紙に投稿した「トランプ、シニシズム、そしてディール」は、本音で書いた悲しい失望の告白といってよい。


「トランプは思想や理想、そしてそれを信じる人びとを軽視するあまり、言葉に責任を持つ人びとの強さと決意を過少評価している」。そのためトランプはウクライナ戦争の和平に失敗した。「中東においても、思想は重要な意味を持つ。イランやヒズボラの思想がいかに歪んでいても、それは彼らが果敢に戦い続ける原動力となる。結局、トランプはイランの決意と忍耐力を過少評価し、予想をはるかに超える代償をはらって、終わらせることが難しい戦争を引き起こしてしまったのだ」

前出のごまかしの多い論文を書いたクローニグは、それほどの時間が過ぎる以前に、深い後悔をすることになるだろう。あるいは、こんなものはただの論争上の戦略的文書だとして、なんの良心の痛みも感じないですむのかもしれない。その場合には政治学者としての知的破綻が明らかになるだけだ。彼の所属しているセンターの名に掲げられたブレント・スコウクロフトは、米空軍中将を務めたあとブッシュ(父親)大統領の軍事分野における補佐官を務め、優れたバランス感覚で湾岸戦争を事実上指揮した。


1998年になって刊行したブッシュ(父親)との対談による共著『変貌した世界』では、なぜクゥエートに侵攻したイラク軍を同国内に押し戻すにとどめ、イラク侵攻とフセイン政権の打倒にいたらなかったかを論じている。それは現代の戦争というものの目的が、自分たちにとって邪悪な相手を単に壊滅させることではなく、その地域の秩序を回復させることにあるという、リアリスト的な認識に基づいていた。


すでにこの時点でも、イラク侵攻によってフセイン政権を壊滅させることはアメリカにとって可能だった。しかし、スコウクロフトとブッシュ(父)大統領は、それは考えなかった。もしイラクを崩壊させれば、隣のイランの勢力が中東内で大きくなりすぎて、秩序は維持できないと考えたからだ。イラクを根拠なく攻撃して崩壊させたのは、コンプレックスから自分の父親の思想を理解できない、ブッシュ(息子)大統領だった。先にとりあげた出来の悪い論文を書いたクローニグは、彼が属している研究センターの始祖にさかのぼって出直すべきだろう。なお、この出来の悪い論文はニューズウィーク日本版で前半を無料で読むことができる。