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東谷暁による「事件」に対する解釈論

英国の諜報部員がウイルス流出説を支持?;ますます情報戦の性格を濃くするコロナ起源論争

英国の諜報部員たちが、新型コロナウイルスの「流出説」はあり得ることだと発言して話題になっている。中国の武漢にある「武漢ウイルス研究所」から漏れたという説について、英国情報機関の関係者がその可能性を、何らかの情報に基づいて肯定したというのである。

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英紙ザ・タイムズ日曜版(5月30日付)が、「コロナ:武漢の研究所流出は『あり得る』と英国のスパイたちは証言している」という記事が、同電子版の冒頭に掲載されたので、これは何か「新しい情報」「別のエビデンス」が発見されたのかと思ったが、残念ながら、そうした情報やエビデンス自体は公表にされていない。

 同紙は、以前は英国の情報機関は、武漢ウイルス研究所からの流出説には冷ややかだったのに、いまになって可能性があるというのはどうしたことだと述べて、読者の注意を喚起している。しかし、今の時点では、アメリカのバイデン大統領が、新型コロナ起源の再調査を同国の情報機関に命じたので、「英国の情報機関もそれに沿っている」というのが妥当なところだろう。

とはいえ、バイデン大統領の再調査命令は、コロナ起源がいまだに曖昧にされているという事実を、改めて浮き彫りにしたことも確かだ。そしてまた、中国がWHOの調査に対して、十分に情報を公開しなかったことも、こうした議論が再燃する原因でもあることを再認識させてくれている。

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The Timesより:武漢ウイルス研究所が再び注目されている


ザ・タイムズは、同国の情報機関の発言は、中国からの新しい情報を諜報部員が直接手にしたといことではなく、闇ウェブからのデータ収集によっているのではないかと推測する。「闇ウェブにおいてなら、中国内の人間が逮捕されることを恐れずに、匿名で秘密情報を流すことが可能だから」というのである。これは興味深い指摘ではある。しかし、新情報やエビデンスを世界に向かって暴露したわけではないのだから、隔靴掻痒の感はぬぐえない。

なかなか面白いのは、WHOの内部で「流出説」を唱えた研究者ジェイミー・メッツルが、これまでの不満をぶちまけているくだりである。「パンデミックが始まった初期のころから、動物感染説といったいわゆる正統説にもっていく圧力が働いていた。私たちのような流出説を支持する者たちは、排除されて陰謀理論家と呼ばれた。医学専門誌ザ・ランセットですら、我々を批判して『コロナが自然起源ではないと示唆する陰謀理論家』などという記述をした」。

やり玉に挙がっているザ・ランセットの論文の共同責任者であるピーター・ダッシャックは、もちろん、武漢ウイルス研究所からの流出説を「ばかな話」と斬って捨てている。彼は1月に行われたWHOの武漢調査にも参加しているが、「研究所からの流出なんて、『とてもとても有得ない』」と改めて断言している。

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いっぽう、アメリカではバイデンの再調査命令を、トランプ派の共和党員が喜んでいる傾向があるが、同党のジェームズ・コマ―とジム・ジョーダンは、「コロナの蔓延を拡大するような米国内の組織があるとすれば、彼らはこのパンデミックの責任をとるべきだ」と息巻く。同じように、英国保守党の下院議員ボブ・シーリイは「コロナの起源の真実を隠蔽するような科学者は、自分の評価を下落させることになるだろう」と警告しているという。

こうしてみると、ザ・タイムズは明示的には述べていないが、バイデン大統領のコロナ起源再調査命令は、まず何より「政治」の一環として行われたという印象がますます強くなる。英国情報機関の調査内容も知りたいが、闇ウェブからの検索だというなら、果たして証拠になるのかも疑わしい。それは90日間有効の米国内の世論対策であり、そして、米英連携の対中国牽制策と見ておくべきだろう。

 

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