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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナとロシアの外相会談は進展なし;ただし、語られた言葉からそれぞれの思惑は推測できる

ウクライナとロシアの外相会談は3月10日に開かれたが、「見解の相違は大きく、進展はなかった」と報じられている。何も決まらなかったが、何も話さなかったわけではない。ウクライナのクレバ外相は世界的な安全保障のもとでのウクライナの「中立化」を提示したようだが、ロシアのラブロフ外相はウクライナの言う「中立化」は拒絶したということだ。

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すでに多くのメディアが報じているが、実際に何が語られたのかは、実はよくわからない。それも当然だろう。公開の会談ではなかったからだ。しかし、いくつかのメディアが記述していることから、ある程度の推測はできる。ここでは会談が終わって直後のフィナンシャルタイムズ紙3月10日付の「土壇場の会談でロシアはウクライナの『中立化』の提案を拒絶した」を中心に、いくつかの「発言」を解釈をつけながら拾ってみよう。

タイトルになっている「中立化」は、報じられていたように、ウクライナの与党内でも議論されていた。「クレバ外相はすでに水曜日(3月9日)に、キエフ政府は停戦によって、ロシアが占領している地域の解放と、市民の人道的な安全を確保することを望むと語っていた。さらにクレバ外相は、ロシアが要求するウクライナ『中立化』についても、周辺諸国と他の世界諸勢力の保障という条件のもとで、妥協することを提案していた」。

ロシアのラブロフ外相はこの提案をにべもなく拒絶したわけだが、それは十分に予想されたことだった。ロシア側の要求は、ウクライナ武装解除のもとでの中立化であって、これではウクライナ側からすれば全面的な降伏に近い。たとえ名目は独立国家であっても、この条件では、停戦後に生まれる政権はロシアの傀儡となり、それは冷戦終結でようやく可能になった独立が、それ以前に戻ってしまうことを意味するので受け入れられない。

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会談後の記者会見でクレバ外相が述べたのは「ウクライナの世界諸勢力に保障にもとづく中立化を提案したが、このアイデアはラブロフ外相によって拒否された。ラブロフはそんなアイデアにはまったく興味がないといった」というものだった。さらにクレバは「ロシア側がまとめてウクライナに突き付けてきたのは要求のリストであって、それは交渉というものではなく、事実上の最後通牒というべきものだった」と語っている。

いっぽう、ラブロフは「ロシアはウクライナを攻撃していない。ロシア軍の作戦を遂行しているだけだ」などと述べている。つまり、「ロシアにとって脅威となるような状況がもちあがったときに、(それに対応すると)これまでも繰り返し説明してきたことを実行しているだけだ」と述べている。

さらにラブロフは、ロシア軍がマリウポリの病院を爆撃したことについて、「ウクライナは(この病院で)生物兵器の開発を行っていたから」などと、確たる証拠をあげるもことなく、ウクライナを激しく批判するなど、まだ実質的な会談の成果をあげようとしていないことが明らかだった。(この生物兵器の開発については、ロシア国営放送で堂々と「報道」していたことを西側のジャーナリズムが紹介している)。

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ウクライナ側としては、いま首都のキエフがかろうじて防衛できていることを背景に、なんとかアメリカをまきこんで武装解除のない「中立化」つまりNATOには加盟しないという線で停戦に持ち込みたい。いっぽうロシアのラブロフは、クレバが見抜いているようにプーチン代理人にすぎないが、これから始まるキエフ総攻撃でロシアの圧倒的勝利を前提に、キエフ政府の傀儡化を図るのが最低限の線なのだ。

ウクライナ戦争を見守っている世界の人びとのなかには、なぜ、ウクライナのゼレンスキー大統領が希望して書類にサインまでしたEU加盟が、当面、受け入れられなかったのか不思議に思う人も多いだろう。また、ゼレンスキーが西側に必死に求めている、ウクライナ上空の「ノーフライ・ゾーン(飛行禁止区域)」の設定を、アメリカなどが乗り気でないのはなぜか、奇妙に思う人がいるかもしれない。

ノーフライ・ゾーンについては、このフィナンシャルタイムズ紙が、ポーランドの戦闘機ミグ29の供与を、アメリカの国防総省が否定したことについて触れている。これはウクライナの航空兵がロシア製ミグ29なら操縦できることを考慮してのプランだったが、アメリカはまったくやる気がなかった。逆に、ペンタゴンは「それは戦争を拡大してしまう」と警告したといわれる。他の欧米メディアも指摘しているが、ノーフライ・ゾーンの維持には、監視のために戦闘機や偵察機を飛ばすという行為が必要で、ロシア機との一触即発の危険をともなう。

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アメリカのアントニー・ブリンケン国務相は、そうした戦闘機の供与は、ほとんどアメリカやNATOが、ロシア軍と直接に戦闘してしまう危険に導くものだといっている。(そのことを説明するために)副大統領のカマラ・ハリスは3月10日にポーランドワルシャワを訪問している」

EUがゼレンスキーの加盟要請を、冷たく拒否した理由も同じことだ。アメリカとEU諸国は、ウクライナの軍人や一般市民が、ロシアに徹底抗戦するための武器は供与してきたが、自分たちがロシア軍と戦うことになるのは、どんなことがあっても避けたい。それは、ロシアという冷酷な軍事大国を相手にするさいの、合理的な戦略判断ではあるとはいうものの、すでに210万人に達したといわれる、ウクライナ難民が生じていることを思えば、あまりに冷徹な判断といえることも確かだろう。