ウクライナとロシアの第3回目の交渉も進展がなかった。そのいっぽうでウクライナのゼレンスキー大統領を亡命させる計画が進んでいる。しかし、ゼレンスキーは「私はキエフにとどまる」とビデオメッセージでウクライナ国民に宣言しているため、欧米による救出作戦はいまのところ実行に移されてはいない。
独フランクフルト・アルゲマイネ紙3月8日付は「ゼレンスキーは『私はキエフにとどまる』といっている」との記事を掲載して、ゼレンスキー大統領のメッセージの一部を紹介した。「今日で我々の戦い、我々の防衛は12日目を迎えた。我々はすべてここにいて、みんなが働いている。みんながいるべきところにいるのだ。私はキエフにとどまる。私のチームも私と一緒だ」。
ロシアのウクライナ都市の攻撃は激しくなり、とどまるところを知らない。アメリカではプーチン大統領の精神状態を疑う説があり、そのための検討も行われているという。もちろん、アメリカは戦車を含めた武器の供与計画も継続しているが、交渉の相手が正気でなければ武器による攻撃も意味がなくなる。
ゼレンスキーのビデオ演説は激しくロシアを批判している。「今日もロシアはハリコフのパン屋さんを爆撃した。いったい何のために? 古いパン屋さんなのだ。考えてもみてほしい、パン屋さんを爆撃して何になるんだ! ロシアの連中は他にやることがあるだろう」。ロシア軍は、自分たちは市民を攻撃していないと言っているが、瓦礫と化した建物や負傷者であふれた病院の様子をみれば、それが嘘であることはあきらかだ。
「私たちは現実主義者だ。だから交渉しようといっている。私たちはウクライナ国民に言うべきことが見つかるまで交渉を続けると言い続けるだろう。それが平和へと向かうことなのだから。戦いの日々はウクライナにとって良い状況をつくりつつある。戦争後の我々の未来のための強い立場を(つくっているのだ)」
FAZ.netより:ビデオメッセージで国民に訴えるゼレンスキー
ゼレンスキーはもう少し前から「現実主義者」であって欲しかったが、これまでのウクライナ軍のかなりの抵抗力から考えると、西側の武器の供与は、ロシア侵攻以前から一定の規模になっていたのではないか。ゼレンスキーが急にロシアに対する強気発言を行ない、NATOへの加盟を強調し始めるにあたっては、何の根拠もなかったわけではなかったと見るほうが自然である。そしていま、ゼレンスキーはロシアへの抵抗運動のシンボルとなっている。その存在と生命はウクライナと西側にとって大きい。
しかし、そのいっぽうでゼレンスキーの徹底抗戦への訴えは、アメリカと西側諸国の想定を外れる部分も出始めているようだ。CNN3月8日付のスティーヴン・コリンソンによる「ゼレンスキーの英雄主義は西側の限界に達しつつある」は、冷徹な国際政治のリアリティを垣間見せている。
「ゼレンスキーが(国内の抗戦を煽ることで)ウクライナの怒りから目をそらすことを不可能にするにつれ、彼はしだいに戦争の厳しいリアリティに抵触しつつある。つまり、独裁者プーチンは単に破壊行為だけに熱心だという単純な見方では見えないが、バイデン米大統領や西側指導者たちは、深刻な政治的および地政学的なレッドラインに直面しつつあるということだ」
つまり、いまの局面においてゼレンスキーが英雄主義的にウクライナ国民に徹底抗戦を訴えることで、実はアメリカや西側諸国が考えていた暫定的でご都合主義的な妥協ができなくなり、「素人」のゼレンスキーが邪魔になってくるという、おそろしいが、現実の国際政治ではめずらしくない事態も、ありうることを示唆しているのである。
さて、国連の関係者によれば、ロシアが再び「人道回廊」を開くといっているらしいが、ウクライナは、それがロシアかベラルーシに逃れるルートでしかないといって危険視している。ロシアの外交官は、避難民は必ずしもロシアに行くことになるのではなく、キエフの西にあるウクライナの都市に行くこともできるというが、それがどこまで本当なのか、いまの戦況からして不明といってよい。