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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ゼレンスキーはNATOから何を得たのか;ウクライナ戦争の実像が浮かび上がる瞬間

はたしてウクライナNATOから望むものを手に入れたのか。7月12日に閉会したNATO首脳会議に出席したゼレンスキー大統領は、「領土とNATO加盟を交換する気はない」と語っている。今後、NATOへの依存が大きくなればなるほど、ロシアによる占領地の放棄と引き換えに、和平交渉への流れが強くなる可能性があると指摘されているのだ。では、今回の首脳会議でゼレンスキーが直面したのは何だったのか。

 

印象的だったのが、ウクライナNATO加盟について、「何時」「どのように」加盟するのかを討議しないことに、ゼレンスキーが「ばかげている」と激したことだった。これでは何も議論していないことになるというわけだ。それに対して英国のベン・ウォリス国防相が直後に「われわれはアマゾンじゃないんだ」とコメントしたので緊張が走った。日時とその配送法を指示すれば、商品をすぐに配達してもらえると思ってほしくないと反論したからである。

「確かに、この戦争は高貴な戦いだ。ウクライナは自国だけのためでなく、われわれの自由のためにも戦っている。しかし、この戦争は意味があり、犠牲を払っても遂行すべきだと、他の国々の懐疑的な政治家たちを、説得する必要があるのだ」とウォレスはフィナンシャル・タイムズ7月13日付のインタビューで語っている。すでに武器1700億ドル分を供与し、さらに財政的支援をしている国々の国民が何を考えているか察してほしい。「政治家たちがどう考えようと、国民は感謝の念を示して欲しいのだ」。


こうした危うい認識のすれ違いが生まれるのは、ウクライナが春に開始した反転攻勢が遅々として進まないなかで、ウクライナ政府がロシアの防衛線を突破するための武器供与を、さらに西側諸国に要求せざるを得なくなっているという現実がある。ウクライナ軍幹部のなかには、西側がプレッシャーを与えたために、不十分な準備の段階で反転攻勢を開始したのが、反攻停滞の最大の原因だと指摘する者もいる。

前出のウォレスは、すでに西側諸国では、ウクライナに供与し続けることで、自国の武器の在庫が払底しつつある国すらあると指摘している。たとえば、英国は地雷除去のための軍用車ウクライナに大量に供与したため、もはや自国に残っていない状態だという。また、アメリカやドイツでは、最先端の兵器をウクライナに送ることについて、ロシアとウクライナの戦争を、さらにエスカレートさせてしまうのではないかとの恐怖が高まっているという。


こうした最先端の武器の代表がF16ジェット戦闘機で、すでに報道では配備されているかのような印象を与えているが、ウクライナ軍が使うには、単にF16を輸送すればよいというものではない。たとえば、アメリカ以外でF16を持っている国が供与しようとすれば、「まず、アメリカからその操縦について訓練するインストラクターに来てもらい、さらに、ウクライナ軍のパイロットが実際に乗り組んで戦うことを、アメリカから許可を得なくてはならない」と元オランダ首相のマルク・ルッテは指摘している。

もちろん、アメリカ自身もウクライナへの供与では多くの問題を抱えてきた。まず、これまで西側諸国がウクライナに与えてきた武器供与や財政支援の半分はアメリカが行ってきた。これは果たして正当化できるものなのか、来年のトランプ前大統領が再出馬する大統領選で問われる可能性が高い。バイデン大統領の安全保障補佐官ジェイク・サリバンは「巨大な数値の費用がウクライナの防衛のために使われた。それはすでに410億ドルを超えていて、しかも、それは継続されることになる」。

「サリバン補佐官は批判勢力の『根拠のない、正当化できない援助』だという主張は無視してきたが、バイデン大統領はウクライナNATOに加わることを、急いでいないことは確かである。アメリカもNATOもロシアと直接にことを構えることを望んでいないし、バイデンは、ウクライナNATOに参加する前に、民主主義化を推進し他の改革も済ませる必要があると考えている」(同紙)


ここまで読んでくればわかることだが、もっとも大きな矛盾を抱えているのは、実はアメリカなのである。アメリカはウクライナを通じてロシアを「将来的に他の侵略戦争ができない程度までに弱体化」させると宣言している。そのためにはウクライナへの軍事・財政の支援は続けるが、ロシアとは直接戦争したくないし、また、ウクライナ民主化と社会改革を進めなければ、NATOにも参加すべきではないというのだ。

ここには、実は、バイデン政権のみがこだわっている奇妙な前提が存在している。「戦争に勝つのは民主主義国であり、そうでなければ勝ってはいけない」という、恐るべき非現実的な「理想」が据えられてしまっているのだ。なぜ、民主国家でなければならないのか。一見、正しい主張のように見えて、実は、ウクライナの歴史や今の社会を少しでも考えれば、実現など不可能なのだ。実際にはウクライナとロシアの若い兵士が、磨り合わされて大量に死んでいく石臼のような仕組みが、バイデンという、もはや正気かどうかわからない大統領によって回されている。これは冗談のような現実の話なのだ。


もちろん、ロシアがウクライナの反転攻勢を阻止しても、また、来年の大統領選でトランプが勝っても、和平交渉がすぐに始まるとは限らない。ロシアは消耗していても再度占領地を拡大しようとするかもしれないし、トランプのアメリカは身勝手な「ディール外交」で世界を混乱させるだろう。しかし、いまのバイデン政権が存続するかぎり、幻想的な「理想」が邪魔になって、和平交渉への道はほとんど閉ざされているということなのである。

これ以上の西側によるサポート、具体的にはNATOに入れる措置ができないのは、いまのウクライナが条件を満たしていないとか、手続きが整っていないとかで説明しているメディアがある。しかし、わざわざ首脳会議を開いているのだから、それらは「特別」な扱いによって克服できるはずである。したがって、NATO加盟を阻止しているのは条件ではなく、参加国のなかの認識の違いが大きいと考えるべきだろう。

NATO首脳会議のコミュニケはウクライナを支援することを確認している。前出のフィナンシャル紙は次のような文章で締めくくった。「会談のあと、ゼレンスキーは今回のNATOサミットについて、次のように述べた。『ウクライナにとって、私たちの国にとって、私たちの国民にとって、私たちの子供たちにとって、重要な安全保障上の勝利です』。そして付け加えた『たいへん感謝しています』」。しかし、その姿は、世界のメディアが称賛しているような、大国を向こうに回して世界を動かしているスターとは、とても思えないものだった。