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東谷暁による「事件」に対する解釈論

長期戦が確実視されるウクライナ戦争;ロシアもウクライナも消耗するだけになる

ウクライナ軍は7月4日、同国東部のリシチャンスクがロシア軍に制圧されたと認めた。ロシア政府はすでに3日に、東部ルハンシク州全域を掌握したと発表していたので、ウクライナ側は認めたくない事実を認めたという形になった。もちろん、ゼレンスキー大統領は「すべて奪還する」と述べているが、それは長期戦になることを意味している。


経済誌ジ・エコノミスト6月30日付は「長期戦はロシア、ウクライナのどちらに有利か?」というかなり長い記事を掲載して、それぞれの戦争継続力を比較している。ウクライナは、すでにウクライナの司令官カルペンコが6月15日に「ロシアとのこれまでの戦闘で、1300台の戦闘車1300台、400両の戦車、ミサイル発射システム700基など、それぞれの戦力の50%を失った」と発表したので衝撃を与えた。

この発表について、「予想以上の消耗だ」という驚きだけでなく、「なぜいま不利であることを公表したのか」という疑問も生まれたが、これはもちろん、アメリカを中心とする西側諸国に武器の供与を加速するように説得するためだろう。ウクライナ軍はロシア軍のしつっこい攻撃に対抗するために、膨大な弾薬の消費を余儀なくされている。報道はロシア側の膨大な消耗を指摘したがるが、それに応戦しているウクライナ側の消耗も、同じく膨大なものとなっているわけだ。


ウクライナの軍備については、洗練された武器をアメリカを中心とする西側諸国から供与してもらうことで、首都キーウの防衛戦を戦い抜き、さらに、ドンバスでもアメリカ製の性能の高いミサイルを投入できるようだ。しかし、たとえばアメリカが供与することになったHIMARSだが、英防衛相ベン・ウォーレスによれば「この戦場で使用すれば、12時間で使い果たすだろう」と発言している。「ウクライナは弾薬など消耗軍需品はほとんどをつかい切っており、それらを補給する生産力がないため、支援国にほとんどすべてを依存せざるをえなくなっている」と同誌はいう。

いっぽうロシアのほうは、いまのところ軍備には膨大なストックがあり、消耗戦をものともせずに戦っているように見える。しかし、ロシア軍が放置していった武器のなかの半導体は、「洗濯機や冷蔵庫に使われているもの」だという報道もある。自国でいまだに性能のよいLSIチップが製造できない悲しさで、さらに同紙は、戦闘員の補給にもかなりの問題があると指摘している。それを象徴する出来事が、議会で戦闘に加われる年齢を40歳から65歳に引き上げたことだ。同誌は「これは退役軍人を戦線に投入したいためだと思われる」と指摘しているが、65歳の歩兵が戦場で果たして使い物になるのだろうか。


ロシア政府は兵隊の募集をするにさいして、かなりの金額の給与(平均の3倍という報道もある)を保証し、さらにはケガや戦死に対しての高額の保険もつけているのだが、リクルート状況は思わしくないらしい。しかも大都市を避けて、地方の都市でこっそりと募集しているという。国民の戦意を萎縮させたくないためらしいが、これでは思うようなリクルートは不可能だろう。

プーチンはドンバスでの優勢に気をよくしてか「時とカネは自分に味方している」と思っていると同誌は推測している。たしかに、通貨ルーブルウクライナ侵攻以前以上に高くなったが、それは金融政策のトリックであって、実体経済はじわじわと後退している。物価は18%上昇という数値が発表されている。自動車の生産は80%も下落し、高級車ポルシェの販売台数も95%落ちた(5%ではない、もちろんだけれど)。最近の報道では製造されている自動車にはエア・バッグなどの安全装置がついていないという。残るは「時」だけで、つまり長期戦になれば優位は確かのようだが、しかし、相手の背後には米国とEUがついているのだ。

EUはウクライナの復興に力を入れると発表し、70兆円あまりの基金を立ち上げるといっている。この金額がウクライナ閣僚が発言した「ウクライナの損害」と一致しているのが気になるが、ウクライナも国家再建計画を打ち出し、あたかも新生ウクライナは見えてきたような印象を振り撒いている。しかし、それはロシアとの消耗戦に打ち勝って、少なくともロシアによる侵攻以前の状態を確保してからのことだ。いまウクライナは毎月50億ドルの財政赤字を計上し、物価は急上昇して偶然にもロシアと同じ18%にまで達している。ゼレンスキーはG7でのビデオ参加のさいに「この冬までには終結を」と発言したが、それを信じたG7の首脳はひとりもいなかっただろう。


そもそも、G7の様子を報道するニュースは多かったが、集まった首脳たちの表情が、笑ってみせても固いのである。出てくるジョークも切れが悪く、それを聞いたプーチンに軽くいなされるほど不出来だった。本来なら超大国の指導者として、停戦や政治的な解決を模索すべきバイデン大統領が、妙に明るい表情で戦争継続を語る姿こそ、むしろ気持ちの悪いものだった。同誌は長期戦になることをほぼ確実視しながら、次のように長い記事を締めくくっている。


「戦争が長く続けばそれだけ、エネルギー価格を通じた報復と経済減速が生み出す世界の損失は大きくなり、ウクライナに果てしなく武器と資金を供与している西側諸国は、ますますいまの政策に気乗りしなくなるだろう。そしてプーチンはといえば、西側諸国が分裂してバラバラになってしまうことを当てにしているのである」