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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ロシア軍もまた戦いから必死に学んでいる;ウクライナ軍の反転攻勢が停滞した大きな理由

ロシア軍もウクライナでの戦いから学んでいるという、当然のことが報道されなかった。いまになってようやく、その肝心なことが欧米の新聞に載るようになってきた。ウクライナ軍が反転攻勢で成功しない理由は、兵士が臆病だとか西側諸国の支援が少ないとかでは、ウクライナ軍の停滞を説明できない。では、ロシア軍が学んだとして、それを彼らはどこまで役立てられるのか。


すでにこのブログでは、ロシア軍による戦いからの学習状況について、米外交誌フォーリンアフェアーズが掲載した論文を紹介しておいた。ようやく、ジャーナリズムも遅ればせながら、ウクライナ軍の反転攻勢が思ったより成果をあげていない理由として、ロシア軍側の学習効果を取り上げるようになってきたわけだ。しかも、分野によっては学習によって「巨大な違い」を見せているという指摘もある。

米経済紙ウォールストリート・ジャーナル9月24日付は「ウクライナでの失敗からロシア軍は学んでいる」という、実に当然のことをタイトルにした記事を掲載している。「ロシア軍の戦争初期における貧弱なパフォーマンスは、ウクライナに抵抗と巻き返しを許した。しかし、ロシア軍は失敗から学んでおり、ウクライナ軍がロシア軍を領土から駆逐するのを困難なものにしている」。


なぜ、アメリカや西側諸国から、武器を大量に供与してもらっているウクライナ軍が、期待されたほどの戦果を挙げていないのか。まず、常識的にいって「戦争では防衛するほうが攻撃するよりはるかに容易である」ことがあげられる。ウクライナ侵攻の当初、この鉄則が分かっていなかったのか、「ロシア軍は攻撃においてあまりにも消耗しすぎてしまい、いまや新しい占領地を得ることができなくなってしまった」。

ところが、ロシア軍はこうした初期の失敗から学ぶ能力はもっていた、というのである。たとえば、ウクライナ領土内に軍機による攻撃を仕掛けて、ウクライナ軍の防空力の餌食となり、甚大な被害を受けることとなったのは、制空権を完全に掌握していなかったからだ。米空軍のジェームズ・ヘッカー将軍によれば、「ロシア機は75機以上、ウクライナの地対空ミサイルの攻撃圏内に入り込んで撃墜されている」という。

「ところが、最近、ロシア空軍は距離をたもち、ウクライナ側の攻撃圏内に入ってこないか、入ったとしても低空を短時間飛行して、すぐに圏外に出て行ってしまう」とヘッカーは述べている。これでは、ロシア軍は爆撃戦術において正確さを欠くことになる。また、ロシア空軍の制空権が確保されている領域でも、ロシアは短時間で攻撃をやめて引き上げているようなのである。


また、ウクライナ軍がアメリカから50マイルの射程距離をもつ「ハイマース」を供与されて以降、ロシア軍は司令部や多くの兵站基地を、前線からかなり遠くに移動させるようになった。衛星をつかった爆撃誘導システムJDAMをウクライナ軍が使うようになってからは、さらにロシア軍は戦場の司令部を前線からずっと後ろに置くようにしている。

ロシア軍はウクライナ侵攻を始めたころ、十分に武装していない部隊を、ウクライナ領内に送り込んでいたが、これはウクライナ軍がそれほどの抵抗を示さないと考えていたためだが、結果として数万人の死者がでることとなった。しかし、いまでは深くて防御力の高い塹壕を掘って兵士を攻撃から防御している。兵士たちは戦車や装甲車の陰やカモフラージュ網の背後に隠れて移動し、ウクライナ軍部隊を素早く攻撃している。

ウクライナ空軍部隊に所属し、ウクライナが奪還したロボティネで戦ったあるオレクサンドル・ソレンコ二等兵は、「ウクライナ侵攻が始まったころと比べれば、ものすごく大きく違ってしまっている」と語っている。「ロシア軍は地雷を戦場のそこら中にばらまいて、ワナを戦線に張り巡らしている。しかも、やつらは実に巧妙にしかけているんだ」。

ドローンの攻撃から機体を守るためタイヤが並べられている


ドローンを使った戦いはロシア軍もウクライナ軍も力を入れるようになったが、ドニプロ大隊のユリィ・ベレザ司令官は、ロシア軍のドローンの使用が、最近、際立って多くなったと述べている。しかも、技術的にもウクライナに肉薄しているという。「ロシア軍のドローンと戦い始めた1年半ほど前には、ロシア軍は損害を多くだしていた。しかし、いまや技術的にも我々にキャッチアップを続けているし、しかも、そのスピードが実に速い」。

ドローンの消費は両軍とも急増している。たとえば、ロンドンのシンクタンクであるロイヤル・ユナイテッド・サービス研究所の最近のレポートによると、ウクライナが失ったドローンの数は1カ月で約1万機に達する。というのも、ロシア軍の電子装置を使った対抗策が本格化しているからで、ウクライナのドローン産業は急成長しているという。


ロシア軍も最近は対抗措置だけでなく、ドローンを使った攻撃を本格化している。そのきっかけとして、ウクライナからのドローンによって、モスクワや飛行場が攻撃されるようになったことがあげられる。空軍の飛行場にはTu-95爆撃機などが地上で待機しており、こうした地上にある軍機をドローンで狙うのは、費用対効果を考えても、きわめて有利だといえるだろう。

この爆撃機へのドローン攻撃に対して、ロシア軍がとった対策が爆撃機の中心部分にタイヤを並べることだった。前出のヘッカー司令官によれば、「何かが爆撃機に当たって、爆撃機に大きな破損が生じると、すぐには飛び立てなくなる。そこでタイヤに当たるようにして、飛び立てない事態を防ごうということだろう」。なんともわびしい最新鋭爆撃機の防御法だが、これもまた費用対効果を考えると、けっこう優れた対応策かもしれない。

さらに戦車の消耗も激しいので、両軍とも厳しい条件にさらされている。特に、ロシアの場合、前述のように侵攻開始時には、ウクライナ側の激しい抵抗は予想していなかった。そして、砲塔を撃たれると砲塔が飛び出るという、自国戦車の構造的な欠陥を認識していたとは思えない。これまでロシアは、年間100両の戦車を生産できるとされてきたが、現在は認識が変わり200両は可能だという説が強くなったという。しかし、これまですでに2000両が破壊されているので、その分を補充するには10年かかると言われている。


また、西側諸国の観測によると、ロシアは1年間に100万発の砲弾を製造することができるとされてきたが、これも200万発が可能だというのがいまの評価だという。戦車と並んで2倍の生産能力が実はあることになるが、すでにロシアは昨年だけで1000万発から1100万発を消費している。ということは、今の生産能力ではロシアはこれまでのような戦い方は不可能になっていくと予想されることになる。

気になるのは、こうした数値が前出のヘッカー司令官に負っている部分が多く、その数値の評価をどうするかは微妙なところもある。もうひとつは、ウォールストリート紙はどちらかといえば共和党に近い新聞だということも気を付けたい。しかし、同紙は経済紙らしく、これからロシアが生産能力を上げようとすればどうなるか、簡単な予想を付け加えている。「ロシアがこの戦争を継続するには、軍備を増強する財政支出が必要だが、そうすれば他の分野の支出を削減することになり、経済全体に歪みを生み出し、金利の上昇をもたらだろう」。

 

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