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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナの問題は何も解決していない;単にアメリカ下院で支援予算が通過しただけ

アメリカ下院はウクライナへの支援を回復させた。欧米の報道機関は称賛するところが多かったが、それほど喜べるかは疑問だろう。まず、アメリカの武器が届くには時間がかかり、ウクライナ兵士の不足は解消できない。そしてなにより、今年の11月の大統領選でトランプが復活したときのことを考えておかねばならない。


こういうときに諸手を挙げて喜ばないのが、英経済誌ジ・エコノミストの性格だが、今回の4月20日号「ついに、アメリカ議会はウクライナにとって正しいことをした」は特に屈折しているように思われる。出典不明の「アメリカ人は常に正しいことをすると思ってよい。たとえ彼らがすべての試みに疲れ果てていても」というチャーチルの言葉を引用した上で、「今のアメリカ議会を見ての発言だったら、正しいかもしれない」と述べている。しかし、それはあくまで「かもしれない」にとどまる。

すでにウクライナ戦線は「ロシアが5発打つ間にウクライナは1発しか打てない」という悲惨な状況だった。同誌の素直な感想は「正しいことをするのに、こんなに時間をかけるのは名誉とはいえない」というフレーズだと思うが、それなりに評価し、そのうえで「しかし、実際的にも政治的にも多くの問題が残っている」という。ここからが、同誌が言いたいことの始まりである。


まず、支援における実際上の問題だが、いまウクライナが本当に必要としている武器は、ミサイルと戦闘機であり、これがアメリカから輸送されて戦線に到着するまでにはかなりの時間が必要だろう。そして、もっと大きな実際上の問題は、ウクライナ軍は兵士にかなり不足しており、それが深刻だということである。これはアメリカがいまのやり方で支援しても、解決できない類の問題であるといえる。

次に、政治的な問題だが、いわずと知れたトランプの再選という恐怖がある。同誌によれば、今回の共和党主導の予算案通過についても、トランプがその気なら邪魔することは簡単だったという。それが何とか通過して、これから上院に回されて可決され、バイデン大統領がサインしても、今年の11月にトランプが再選してしまえば、追加予算が御破算にされてしまう危険があるというわけだ。


そしてまた、トランプを支持している有権者たちのメンタリティには、やはり憂慮すべきものがあると同誌は指摘している。彼らの中には、ウクライナナチスに支配されており、ロシアはキリスト教的価値観の庇護者であり、陰謀的世界への対抗勢力であるという、プーチンプロパガンダに汚染させられている者が少なからずいるというのだ。

さらに見ておくべきなのは、ジ・エコノミストの同記事が指摘している、もしこのままプーチンが勝ってしまったらどうなるかという部分だろう。「プーチンウクライナでストップされなければ、彼はさらに征服を進めるだろう。もしアメリカがウクライナを見捨てたら、アメリカはペンタゴン予算が少なくて済み、アメリカ人の血が流れることもなくなるが、アメリカの敵も味方も共にアメリカは気まぐれな守護人だと思うようになるだろう。中国は台湾に侵攻するのに容易になり、韓国やサウジアラビアなどの同盟国が核武装をするようになる。つまり、アメリカが世界平和を推進し、世界のリーダーとして信頼されるかは、ウクライナにかかっているのである」。


ちょっと、ここらへんはジ・エコノミストが本気で書いているのか疑わしくなるが、冷静に考えてみれば、まあ、妥当なことも含まれているといってよい。すでに、こうしたアメリカの立派な守護人という超越的な優位性は、ウクライナ戦争とイスラエルハマス戦争への名誉でない対応によって、かなりの部分失われてしまったと私は思うが。

さて、最後の部分を引用しておこう。「ともあれ、プーチンは早かれ遅かれギャンブルをすることになるだろう。西側の政治的分裂が起これば、犠牲者であるウクライナにとっての支援が邪魔されることになる。大いなる災厄はこの週末に回避されたもようである。しかし、今年の11月にどうなるか、それは誰も断言できないのである」。つまりは、トランプがウクライナの運命を握っている構図は変わっていないのである。