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東谷暁による「事件」に対する解釈論

欧米による停戦提案に立場を失うゼレンスキー;しかし世界はそれだけで済みそうにない

ウクライナ戦争は急速に世界の中心的トピックから外されつつある。もちろん、これはイスラエルハマス戦争に資源を回したい欧米の都合だが、ゼレンスキーの焦りは大きい。すでに欧米はウクライナ停戦を画策しており、来年の大統領選挙を行うようにゼレンスキーに通告してきたという。もともとゼレンスキーは2期のところを1期だけで退任すると言って当選したが、戦争が続くことを理由に大統領選は行わない方針だった。


こうした欧米(そして日本も末席に加わっているが)のご都合主義は、いまに始まったことではない。しかし、ウクライナへの武器や資金の支援が、ロシアの非人道的な侵略を批判することで成立していたのであるから、イスラエル軍の過剰な非人道的ガザ地域侵攻を支援するとなれば、それは甚だしい矛盾となる。さらには、ただでさえ品切れになりつつある欧米の軍需品は、いまやイスラエルに回さなくてはならなくなってきたという事情も、民主主義か独裁かとかの論争とは関係のないご都合主義といえよう。

世界のジャーナリズムはここにきて、さすがにこの甚だしい欧米の矛盾をつく記事を掲載し始めているが、あきれるのは日本のマスコミだ。すでにロイターあたりが「米ブリンケン国務長官アラブ諸国のガザ即時停戦案を拒否」と報じているとき、NHK電子版は「ブリンケン国務長官 人道目的の『戦闘の一時的停止』」となおも人道的一時的停止を無理やりメインにしている光景は、やはり間抜けた感じがする。


また、欧米がウクライナ停戦を画策し始めると、それまで「ウクライナは反転攻勢をかなりやっている」と述べていたはずの軍事評論家が、ウクライナ戦線はスティルメイト(膠着状態)に陥ったと、欧米の停戦論に唱和して言い始めているのも情けない。この人、長い人生かけてこんなご都主義に便乗するため、ロシア軍を研究していたのかとあきれてしまう。いわゆる軍事評論家が信用されないのは、必ずしも日本が平和主義だからではないのではないか。

もちろん、アメリカは自分たちが人道とか平和というのはいいが、アラブ諸国に言って欲しくないわけで、ましてや軍事ホーキッシュなバイデン大統領のホンネが、ガザのハマス徹底殲滅支持なのだから、アメリカの高官はアラブ勢力に促されて停戦を考慮するなどとてもできないのである。前出のNHK電子版などはそれを知っていても、米民主党政権の人権尊重のニュアンスを出したいのだろう、本文のほうで「人質解放」を前提とすれば「一時的停止」もありと、ブリンケンがお愛想で付け加えているだけなのに、こっちをお間抜け承知でメインタイトルとするわけだ。


さて、ちょっと興奮気味に始めてしまったが、ここでは英経済紙フィナンシャルタイムズ11月6日付に掲載された、国際問題コラムニスト、ギデオン・ラックマンの「ガザ問題は世界を変えてしまう」という記事について紹介しようというのが最初の意図だった。簡単に書いてしまうが、もうすでに書いてしまったように、アメリカでは「ガザ侵攻を支持」しているバイデンが「24時間で停戦」のトランプに大きく水をあけられ、来年の大統領選は絶望的になっていることや、ガザ侵攻したイスラエルに軍需品を供給するために、ウクライナとの武器の取り合いになっていることが指摘されている。

「もちろん、パレスチナ人への同情が直接にトランプを大統領に押し上げているなどと言ったら、それはたいそうバカバカしい話に聞こえるだろう。トランプはなにせ在職中にはイスラム教徒に入国を禁止したこともある人物であるのだから。しかし、実は世界史を紐解けば、そこにはたっぷりとこの種のバカバカしい話が詰まっているのである」


これからイスラエルハマス戦争が生み出していく巨大な出来事として、ラックマンは2つをあげている。ひとつがプーチンの事実上のウクライナ戦争での勝利である。すでに欧米はご都合主義的なウクライナ停戦を画策しているが、「これこそプーチンが目指していたこと」と言っているゼレンスキーは正しい。こんな有利な状況のなかで、「世界を支配しようとしている(笑)」悪の権化であるプーチンが妥協するだろうか。もう戦時経済への転換を進めており、本格的な動員も準備しているというのに。

もうひとつが、もちろん習近平による中国の台湾侵攻である。ウクライナ戦争ですら支援疲れが目立っていた欧米、とくにアメリカは、このうえ台湾海峡侵略戦争が起こっても、まともな対応などできないと思わせるに十分だろう。こちらも中国にいわせれば歴史的な背景のある自国領土の奪還なのである。それがいかに侵略的な色彩をもっていようと、「歴史的な根拠」があることについてはロシアやイスラエルと同様である。いまさらバイデンが習近平と会談しても、台湾侵攻をしっかりと牽制できるのだろうか。

こうしている間にも、ゼレンスキーが否定してきた「戦線は膠着状態だという現実」を、総司令官のワレリー・ザルジニ―があっさりと英経済誌ジ・エコノミスト11月1日号のインタビューで認めてしまい(「消耗戦」とは述べているが)、もともと存在したゼレンスキーとザルジニーとの間の亀裂をさらに大きくした。そのやさきもやさき、同月6日、ザルジニ―の側近が手榴弾入りの贈り物で死亡する事件が起きて、政府と軍部との緊張はさらに高まっている。また、来年春に予定されていた大統領選挙は、「やっぱり延期する」と同日にゼレンスキーが言い出し、欧米に対して徹底抗戦の構えなのかとの憶測も飛んでいるようだ。しかし、アメリカが支援しなければ、ウクライナにはもう何もできない状態にあることは世界中が知っている。

ラックマンは最後に1990年の時点で生まれた世界的な楽観主義を思い出している。「ことはすべて良い方向に向かう」という感覚は、あの時期に同時代を生きたものでなければ分からないかもしれない。その後もさまざまな事件が起こったが、まだあの時の楽観を伴った高揚感が残っていて、どうにか世界的動乱は回避できそうな気持になったものだった。「しかし、いまやリアリズムで理解すれば、世界は悪しき事態が次々と起こり、それらが合わさって巨大な奔流となろうとしている」。