4月26日に行われたウクライナのゼレンスキー大統領と中国の習近平主席の電話会談は、習近平が「ロシアとの交渉」を勧めて、それをゼレンスキーが蹴ったものだった。ゼレンスキーが習近平に「中国がロシアを支援すればするだけ平和は遠ざかる」と教え諭したようなものではない。日本のマスコミは毅然とした民主主義者ゼレンスキーを演出しているので、常にこうした報道の仕方になってしまうのだ。
「中国の習近平主席はウクライナのゼレンスキー大統領に、モスクワとの交渉を促した。昨年ロシアが全面的なウクライナ侵攻を行なってから、両国のリーダーが会談するのは初めてのことだった」(フィナンシャルタイムズ紙4月27日付)。これが今回の電話会談の粉飾なしの概要であって、もちろん、この第1ラウンドは結論なしだった。
とはいえ、何らかの波紋が起こるのは確かだろう。アメリカのブリンケン国務長官は3月に上院委員会で「どのようなウクライナ戦争の停戦も、ロシア軍のウクライナからの撤兵がなければ、ロシアの征服を正当化する承認に過ぎなくなる」と釘を刺していた。つまり、決めるのはウクライナであって、ロシアや他の国ではないというわけだが、本当は決めるのはアメリカだといいたいわけである。
繰り返すが、アメリカの今回のウクライナ戦争への支援は、「ロシアが再び他の国に侵攻できないレベルまで軍事力を低下させる」(オースティン国防長官発言)ことなのだから、そのレベルに到達するまでは、ロシアだけでなくウクライナの若い兵士の血が流れることを当然と考えている。ましてや対立関係にある中国の習近平がしゃしゃり出て、交渉のリーダーシップを取ったりしたら、アメリカの面目は丸潰れになってしまうだろう。
今回の電話会談について日本の報道を見ていると、ゼレンスキーはこの電話会談を「長く有意義なものだった」と語り、習近平はゼレンスキーに「ウクライナに全権特使を送り、戦争の政治的解決のためにすべての関係者と会話すると語った」と中国の外務省が発表したとなっていて、好ましい方向に少しだけ前進したかのような印象を与えている。しかし、わざわざこうした電話会談を行い、外交交渉の下地を作ろうとしていることは、必ずしも好ましい解決に近づいているわけではない。
「ゼレンスキーは習近平との会談を望んできたが、それはウクライナの正当性を主張し、中国の指導者がプーチンに戦争を抑制させるように説得させることが目的だった。ゼレンスキーは『我が国の領土のどこであろうと、それを犠牲にするような平和はありえない』と語って、ウクライナの領土と和平とのトレードを拒否する姿勢を貫いてきた」(同紙)
しかし、ゼレンスキーがこう主張する限り、そして、ロシア軍がこれからのウクライナ軍による大反撃に惨敗しないかぎり、「政治的解決」は見えてこないし、ウクライナ兵もロシア兵もじわじわと命を落としていくことは続くのである。それはいまアメリカが望んでいることであり、この戦争にはあらゆる意味で負けられないゼレンスキーの唯一の存在理由となりつつある。
「ヨーロッパのリーダーたちも、中国による平和交渉の主導には懐疑的であり、アメリカもEUも中国がロシアの軍備に加担することにたいして警告してきた」(同紙)。この中国のロシアに対する武器の供与については、ブリンケン国務長官が強く懸念を示したのに、バイデン大統領は「それはないと思う」とコメントして世界をシラケさせた。なぜなら、中国は直接にはロシアに武器を供与していないものの、ベラルーシを介してかなりの武器がロシアに流れていることは、ほぼ共通認識になっていたからだ。
この奇妙な大統領が80歳になったにもかかわらず「もう1期大統領をやりたい」と表明して、さすがにアメリカ国内でもかなり激しい批判が生まれている。もちろん、奇人変人の類のトランプが、大統領に返り咲いたからといって、即和平交渉が始まる保証は何もないが、バイデンが2期目を確実にすれば、これからも数年、ウクライナにおける悲惨な消耗戦は続くことになるだろう。
「ホワイトハウスの国家安全保障補佐官ジョン・キルビーは、今回の電話会談は前もって知らされていなかったと語って、次のように付け加えている。『ゼレンスキー大統領がその決断をしなければ、和平交渉など何も形にならないだろう』。しかし、彼は、この交渉はよいことだとも述べている。というのも、ワシントンは中国政府にこの戦争における『ウクライナの見通しを電話して聞くこと』を勧めていたからだという」(同)
首都キーウを占領できるつもりで始めた戦争が、いまのような膠着状態になったプーチンは追い詰められている。そのいっぽう、アメリカに政変が起こって武器の支援が途絶えたら、和平交渉どころか敗北だけが待っているゼレンスキーも追い詰められている。そして、中国が和平交渉の仲介に乗り出してきたため、当初の計画と自らの面目を失う危険が高まったバイデン大統領も、急激に追い詰められつつあるのではないだろうか。
【追記 4月28日10時すぎ】今回の習近平による電話外交について、そこに習近平の大国としての存在感拡大の意図と、ヨーロッパ(特にフランスとEUの)和平への志向との連携があったと英経済誌ジ・エコノミスト4月26日付の「ようやく、中国はゼレンスキーに電話した」が指摘している。サブタイトルも「中国のリーダーはウクライナの平和への支援を約束した」となっている。
「なおも習近平は自分自身を、グローバル・サウス(途上国世界)において、世界のグレート・パワーの責任あるリーダーと位置づけようとしている。そしてまた彼は、中国が自国経済を立て直すために、アメリカとヨーロッパとの間を分断しようと望んでいるのだ」
シンクタンクであるサイモンセンターのユン・スンは、「中国はすぐに戦争が終わるなという見通しは実際にはもっていない。しかし、そのことは中国がヨーロッパとの連携によって影響力を高め、信頼感を拡大する機会を追求していないということを意味するわけではない」と同誌にコメントしている。
習近平との会談を望んでいたのはゼレンスキーだったが、その会談で習近平に本当にロシアのプーチンに対して、ウクライナ撤退への圧力をかけさせることができると思っていたのだろうか? そうだとすればゼレンスキーは大統領に当選したころ、自分がロシア語でプーチンに話せば、ウクライナ東部の紛争は終わると信じていたころと、いまもまったく変わりないことになる。もちろん、そうではないわけで、ゼレンスキーの表向きの発言と、戦争の見通しとの間には、実はズレがあると考えたほうがよいだろう。
【追記2 4月28日午後1時半すぎ】習近平がゼレンスキーに電話したのは、先日、フランス駐在の中国大使が「もともとウクライナに主権なんかない」との旨の発言をして世界的な批判が起こったことにたいする「ダメージ・コントロール」だったとの説もある。英経済紙フィナンシャルタイムズ4月27日付は「中国はゼレンスキーへの電話によってウクライナについての『ダメージ・コントロール』を試みている」との記事も掲載している。
同記事はこのタイトルに尽きているといってよく、中国はロシアのウクライナ侵攻以前には関係の深かったウクライナが、この外交官の失言によってさらに西側にシフトしてしまうことを抑えたかったというものだ。しかし、バランスをとろうとするのは、この失言があってもなくても行われたはずで、文末に北京にある中国人民大学のシ・ユンホン教授の言葉そのものといってよい。「すべての人に影響力を持ちたかったら、中立であるような顔をしなくてはならない」。