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東谷暁による「事件」に対する解釈論

イスラエルはイランに再度攻撃をしかけるのか;スティーヴン・ウォルト教授による「起きていることの本質」

イスラエルはイランに報復するのか。それが今の国際ニュースのトピックだが、まずイランの攻撃自体がイスラエルへの報復だったことを言っておくべきだろう。日本の報道も「悪の権化イラン」のイメージを先行させ、いかにもイスラエルに正当性があり、報復をイスラエルが我慢すれば、平和に貢献できるかのような話に仕立て上げている。では、ハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授ならどう考えるのか。


ウォルトは米外交誌フォーリン・ポリティクス電子版4月15日付に「アメリカは中東の火に油を注いでいる」を寄稿している。「イスラエルの危険は増している。しかし、その責任はイランよりもアメリカにある」というリードが付いているので、これまで通りの議論をしていることが推測できる。まず、ここでは手っ取り早く読めるように、なるだけ簡潔に紹介しておこう。

「イランによるイスラエルへの報復は、シリアのダマスカスにあるイラン領事館へのイスラエル軍の爆撃に対して行われたものだった。ドローンとミサイルによる今回のイランによる攻撃は、いかに米バイデン政権が中東問題を間違った方向で行ってきたかを、如実にしめすものだった」


ウォルトはこのように書き始めて、ハマスの残虐なイスラエル急襲以来、いかにバイデン政権が判断を間違ってきたか、三つの論点を提示している。第一が「それは何よりもイスラエルへの支援を追求するものだったこと」、第二は「ワシントンはガザ地区における紛争がエスカレートすることを阻止することに終始してきたこと」、そして第三に「イスラエル政府が自制をもってことにあたることを確保しようとしてきたこと」が、根本的に間違いだったという。

パレスチナ人たちを害しないことと、アメリカのイメージと地位にとってダメージを最小限にすること」を目標とするバイデン政権の政策は、「当然のことながら失敗してきた。なぜなら、こうした政策目標には初めから矛盾があったからだ」。イスラエルが激しいガザ地区攻撃を開始してからも、アメリカ政府はこれまでと同様に、武器供与や外交による擁護など、イスラエルに対して「無限の支援」を続け、そのいっぽうでイスラエルに自制を行うよう要求してきた。これでは、「イスラエル側がアメリカの要求など無視したとしても何の不思議もなかった」。


では、ウォルトはイランについてはどう考えているのだろうか。「念のために述べておくが、イラン政府は野蛮な神権体制であり、私は何のシンパシーも持てない。もちろん、そこで暮らし、アメリカの経済制裁に苦しむイラン国民については、深く感じるものがあることはいうまでもない」。イラン政府にシンパシーは持てないというが、ウォルツはイランがイスラエルの領事館爆撃に報復したことを、極悪非道の行為だと思っていないし、また、ニューヨークタイムズが報じたように、西岸地区に武器を供与していることが、国際法違反だと断言する気もない。

ジュネーブ合意によれば、『交戦国に占領』された地域の人々は、占領軍にレジスタンスする権利を有している。イスラエルは1967年より西岸地区と東エルサレムを支配し、しかも、70万人ものイスラエル人に移民を促し、その過程で同地域のパレスチナ人を何千人も殺害してきた。ということは、この地域は『交戦国に占領』された地域であることは疑いない。したがって、他の国が直接この地域のイスラエル軍を攻撃することは違法でも、権利に基づくレジスタンスを行う人びとを支援するのは合法とみなされる」


さらにはまた、「イスラエルによって自国の領事館を爆撃され、2人のイラン人が殺害された後に報復を行ったことについても、イラン政府がくりかえし『これ以上戦線を拡大する気はない』と表明していることを考慮すれば、本質的に積極的な攻撃行為とはみなされない」。実際、いまのところ、イランの攻撃は先行するイスラエルによるシリアにある領事館の爆撃に対する報復から、大きく逸脱したものだとは言えないのである。

以降、ウォルトはこれまでアメリカが行ってきたイスラエルへの過大な支援について、あれこれ述べているが、それはこれまでの著作にも述べている事実なので、ここでは割愛して、結論の部分にジャンプしよう。ウォルトに言わせれば、いまのような事態になったのは、アメリカがあまりに一方的にイスラエルだけに加担してきたからで、そこには実は大きな「逆説的」といえる結果が生まれてしまっている。


アメリカのイスラエル支持者たち(必ずしもユダヤ系でないことはこのブログで何度も説明した)の中核となっているイスラエル・ロビーのグループは、アメリカ政府がイスラエルに対して膨大な軍事および経済支援を続けるように圧力をかけ続けてきた。その結果、イスラエルアメリカの支持を当然のことと受け止めるようになっている。

では、そもそもイスラエル・ロビーがイスラエル支援政策を政治家たちに促してきたのは何のためか。イスラエルが多くの批判に耐えて、存在を維持できるようにするためだといえよう。ところが、いまのような事態になると、イスラエルは非人道的な軍事作戦を断行する国家として、世界の非難を浴びるようになってしまい、その存立にも影響が出始めているのだ。


こうしたイスラエル・ロビーに翻弄されるアメリカ政府に対して、イスラエル政策の見直しを粘り強く求めてきたのが、ウォルトとシカゴ大学ミアシャイマーだった。彼らは論文を書き、多くの批判に反論し、著作にしてさらに見直しを求めた。しかし、いまになってしまえば、イスラエル・ロビーの強引な圧力による活動は、逆説的に、イスラエルの信用と存立を危うくしているのである。

ウォルトは今回の論文でそのことを悔しがっている。「もし、わたしたちの提言が受け入れられていたなら、イスラエルはもっと安全でいられただろう。そして、何十万人ものパレスチナ人が生き延びていただろうし、イランも核武装から遠のいていたかもしれず、中東情勢はもっと安定して、アメリカの信用も高まっていたはずなのだ」。