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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ロシア軍も「改善」を続けている;ウクライナ軍の反転攻勢が停滞したのは武器の不足だけではない

ロシア軍における旧態依然の戦い方は、ウクライナ戦争でも変わっていないと指摘されてきた。しかし、ウクライナ軍が反転攻勢を始めると、何かが違うと感じられるようになった。反転攻勢の停滞は西側諸国の支援が遅いからだとか、守りより攻めが難しいからだとの議論は多いが、もうひとつ考えねばならないのは、ロシア軍がその鈍重さにもかかわらず、苦戦を強いられてきた戦いから、それなりに教訓を得ているのではないかということだ。


外交誌『フォーリンアフェアーズ』電子版9月6日付は「ロシア軍は改善している モスクワがウクライナ戦で学んだこと」というタイトルの論文を掲載している。筆者はジョージタウン大学にあるシンクタンク、安全保障・新興技術センターに所属するマルガリタ・コナエフとオーエン・ダニエルズで、彼らはロシア軍側の変化について、次のように述べている。

ウクライナ侵攻を始めて最初の6カ月から9カ月の間、クレムリンは自分たちの失敗から何も学んでいないように見えた。ところがこのところ、ゆっくりと、膨大な人的および物資の犠牲の果てに、ロシア軍は戦術において変化が見られるようになってきた。彼らはウクライナ軍の部隊や武器に対して、どうすればもっと効果的な攻撃ができるのか、また、自軍の命令系統を攻撃からいかにして守るかについて学習しているのである」

それは当然だろうと思う人は多いだろうが、歴史的観察からすると、この論文を書いた2人も認めるように「兵士は訓練不足で、モラールがまったく低く、しばしば強制的に戦闘を強いられている」というのが、ソ連崩壊からいままでのロシア軍のイメージだった。それはまさに、ウクライナ侵攻後のロシア軍の行動から受ける印象でもあった。

「しかし、ボロボロにされて効率的でない戦いを続けるなか、ロシア軍はなおも学習し、それを応用する能力が存在していた。この学習のプロセスはきわめて遅く、痛みも多く、コストは高くつき、そして苦悩に満ちたものだったが、しかし、それは確実に進んでいて、いくつもの結果を達成しているのである」


読みようによっては、著者たちはロシア軍を小馬鹿にしているようにもとれるが、もちろん、粘り強い観察によってこうした考察に至っていることは間違いない。最後まで読めば彼らは、ロシア軍がますます強くなって、ウクライナ軍は負けることになると予想しているわけではないことが分かる。それどころかウクライナ軍が、改善をしているロシア軍を撃破する方法を模索しているのである。

ともあれ、ロシア軍が行った改善点はいくつもあるので、ここでは代表的なものを紹介しておこう。最も注目すべきなのは、ロシアが電子的な手段による戦闘能力を向上させたことだという。実は、ロシアは10年以上もの年月をかけて、この「エレクトリック・ウォーフェア・ケイパビリティ」を開発していた。電子的なシステムによって味方同士のコミュニケーションを高めるだけでなく、敵軍に対しては内部のコミュニケーションを阻害して攪乱することができるのだという。


このシステムはすでにシリア介入のさいに使われており、また、2014年にクリミアやウクライナ東部への侵攻でも十分にその能力を発揮していた。ところが、奇妙なことに2022年のウクライナ侵攻においては「システムが上手く機能しなかった」。専門家によれば、おそらく、相手のコミュニケーションを阻害するよりも、自分たちのほうが攪乱されてしまったというのである。

しかし、それが改善されて本来の機能を果たすようになったらしい。2020年の春に、ウクライナ戦争の中心的な戦場がドンバスに移ると、ロシアはこの「電子的戦闘システム」の使用を加速するようになる。このシステムの複合体はウクライナ軍のコミュニケーションを阻害し、ナビゲーション・システムも狂わせ、そしてレーダーを機能不全にしてしまった。もちろん、このシステムには問題はあったが、効果のほうが大きくなっていたのである。


これほど大掛かりなものではない改善に、ウクライナアメリカから手に入れた、長距離ミサイル砲システムHIMARSへの対応がある。ウクライナ軍はこの兵器によってロシア軍の司令部や兵器庫を狙ったが、これに対してロシア軍は司令部を射程距離外に移動させ、逆に前線司令部を前進させて地下基地から攻撃させるように工夫した。そして、ケーブルや無線回線での連絡網を敷設して、攻撃を続けたのである。

さらにロシアは、戦闘を行う組織編成の改善を行った。ウクライナ侵攻を始めたころのロシア軍は、「戦術グループ大隊」といわれる砲兵隊、戦車隊、歩兵隊からなる大隊によって戦うのが普通だった。ところが、キーウを陥落させるどころか途中で挫折して、ついには撤退せざるを得なくなった。「ウクライナにおいては、この大隊編成は破滅的な結果となった」。

このキーウ攻略の失敗は、戦車の構造上の欠陥を指摘されることが多いが、コナエフとダニエルズが注目するのは、歩兵隊が悲惨な立場に置かれたことである。この戦術グループ大隊では全体の兵員が少なく、ことに歩兵隊が市街戦を戦うにはまったく向いていない編成だった。この編成での歩兵隊は、あまり訓練されておらず、戦略スタッフも少なく、攻撃を継続して占領を続けるための武器も準備されていなかった。


しかし、2020年後半になると、ロシア軍は歩兵隊の戦術の見直しを開始して、砲兵隊は集約して火力兵器を多く抱える連隊へと再編成し、ドローンも使用して攻撃のパワーを増大させる方向へと向かった。このさい、歩兵隊の再編において大きかったのは、徴兵のありかたを大きく変えたことで、いっぽうではロシア国内から募集し、他方ではウクライナ内のドネツクやルハンスクの親ロシア民兵から募った。

さらには、ワグネルの場合のように、刑務所で服役中の若者からも募集した。彼らは訓練されておらず統制もとれていなかったが、戦いにおける残忍さや冷酷さはロシア軍の攻撃力に結びついたと言われる。その半面、訓練されて装備も整っているロシア兵士は、さまざまな課題をもつ戦場に、必要に応じて派兵することができるようになったという。

これと関係するが、もうひとつのロシア軍の課題は、ウクライナ戦争を続けるにつれて、武器弾薬の製造が戦場での消費に追いつかなくなっていったことだった。「この武器弾薬の不足に対しても、ロシア軍はその使用をより効率的にすることで切り抜けようとした。また、武器の移動性を高めて攻撃で破壊されるのを避け、ウクライナ軍へ攻撃もより効率的にしようと努めている」。従来のロシア軍のイメージからすると、ずいぶんと状況に合わせた細かな対応としているように見えてくるのである。

とはいえ、根本のところでロシア軍の体質に係るような事項は、手つかずになっていることも、論文の著者たちは指摘している。ロシア軍の絶対的なピラミッド的組織においては、上下のコミュニケーションが円滑にはゆかず、また、政治家と軍人たち、また軍隊内でも制服組と事務職とでは意志の疎通は難しい。


コナエフとダニエルズの論文は、ロシア軍にはすばらしい改革能力があり、ウクライナ戦争もロシア軍が勝利すると言いたいわけではない。こうしたロシア軍のチャレンジや適応があったとしても、それがウクライナ軍の反転攻勢が失敗するとか、ロシア軍が勝利することを意味しているわけではない。そうではなくて、ウクライナはロシアを消耗させるいっぽうで、西側諸国が課してしまっている試練にも耐えるべきだというわけである。

 

もちろん、それには限界というものがあるだろう。この戦争は停戦交渉にたどりつくしかなく、ましてやモスクワ占領などは不可能である。著者たちは次のように締めくくっている。「NATOはこれまで同様、ウクライナに政治的および軍事的な支援を長期にわたって供与する必要がある。ウクライナがいままさに必要なのは、なによりも時間である」。だから、ウクライナに停戦交渉までの間に、領土内からロシア軍を駆逐する時間を生み出せるように、武器と資金の供与が必要だということだろう。

しかし、その時間が伸びれば伸びるほど、ロシアはじわじわと消耗し、ウクライナには新たなチャンスが生まれるだけではない。ウクライナの国民と兵士だけでなく、戦争に駆り立てられるロシアの若者たちにも、さらなる苦痛を強いることになるのではないだろうか。その時間を生み出す「資源」は人間の大量な死なのである。