中国の高官がまた姿を消した。この間は外務大臣だったが、こんどは国防大臣である。もちろん、前回同様、どこに行ったかは政府によって発表されていない。しかし、次から次へと要職にある高官が消える事件が続くということは、政府による単なる締め付けだけでなく、政府内部の対立が滲み出しているからではないか。
ことの始まりは、アメリカ駐日大使のラーム・エマニュエルがX(旧ツイッター、いつまで注記しなくちゃいかんのだ?)に投稿した次のような文から始まっていた。「習近平政権の閣僚たちは、いまやアガサ・クリスティの小説『そして誰もいなくなった』の登場人物に似てきている。まず、外相の秦剛が行方不明になり、ロケット軍司令官がそれに続いた。そしていまや、国防相の李尚福がもう2週間も公的な場に姿を見せていない」。
しばらく、ジャーナリズムも様子を見ていたようだが、ブルームバーグ9月11日付が「習近平は国防相失踪の噂が広がるなかで軍隊組織に圧力をかける」を配信した。ある程度の推測を交えながら、この「事件」について初めてのまとまった報道といえるが、まだまだ何が起こったのかは明確でない。しかし、状況から考えれば経済がボロボロになるなかで、引き締めのための粛正が必要になっていることは見えてくる。
エマニュエル大使のX投稿は9月8日に行われた
中国内部について考える前に、まず、駐日大使という要職にあるエマニュエルが、なぜ、このような軽い調子で事件の存在を世界に向けて公表したのか考えてみたい。短い文章の終わりには「誰がこの失業レースを勝ち抜くのだろうか。中国の若者か、それとも習近平とその閣僚たちか」などと、これまた軽い調子で付け加えられているので、45.6%とも推測される若者の失業率を強調したいのか、それとも習近平支配体制の苛烈さを強調したかったのか、ちょっと分からなくなる。
これだけでもいろいろな推測を生み出しそうだが、結局、このネタはアメリカ外交にとってあまり重要ではないと思われているのではないか。たとえば習近平体制がすでにガタガタで破綻寸前ならば、おそらく「扱い注意」になるだろう。また、この駐日大使はかなりうかつな人で、重要情報をちょっと軽く書いてみたら、意外に反響があったという可能性もないではないが、それなら本国からの叱責や更迭に発展したはずだろう。
「中国の国防相が行方不明か」
さて、肝心の中国のほうの反応だが、ブルームバーグの記事では習近平がこのX投稿を前提にして次のような反応を起こしている。「習近平は、東北部の陸軍部隊を視察したが、そのさい軍の団結と安定を呼びかけた。それは米エマニュエル駐日大使が、中国国防相がいなくなったと、Xで指摘したことを意識したものだったと思われる」(要約)。同記事のなかには次のような指摘もある。
中国ウォッチャーたちによれば、この数週間の間に、北京政府の内部で異例の動きがあったことが観測されていた。習近平は7月、なんの説明もなしに、目をかけていた外務大臣を更迭した。また、人民軍のロケット部隊のトップ2人が失脚した。実は。それまで人民軍は今年7月までの約5年間について、武器調達にからむ腐敗を調査してきた。そして、軍のプロジェクトや軍内部についての秘密漏洩を含む、8つの問題を突き止めていたという。
人民軍の調達部門のトップを務めていたこともある
人民軍関係者は取材に対して「問題の調査は対象となるデータがなぜ重要なのかはいわずに、2017年にまで遡って行われた。李尚福国防相は2017年から2022年まで調達部門のトップだったが、彼が違法行為を犯しているような事実は見られなかった」。この指摘が正しければ、今回の更迭は、その後に新しい事実が発見されたか、別の失態か、それとも無理やりに過失があることにされたかのいずれかだろう。そして、いちばん蓋然性が高いのは、新しい「事実」が作られたということではないのか。
不動産バブルが崩壊して、中国経済はくたくたの状態
習近平が先週、中国東北部を訪れたさいには、この地域の人民軍に対して、来るべき戦闘に対する準備のレベルを高めること、新しい戦闘能力を打ち立てることを強調することなどを語ったという。そのさいに習近平に随行していたのは、駐豪軍事委員会の張友霞副主席だった。彼は少なくとも今回の軍隊をめぐる紛争の「勝利者」ということになる。しかし、外務相に続いての国防相の行方不明は、スターリン下の旧ソ連に近いと言えるだろう。
戦時体制を継続している国家において、他の分野が思わしくない場合に、高官の腐敗を激しく攻撃するというのは、歴史を振り返ればありふれた低級な政治的技術である。ただし、そのさいに失脚した人間が一体どこに行ってしまったのか、分かるかそうでないかは、その国家の性格を判断するリトマス試験紙といえる。
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