HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナへ供与のハイマースにロシアを撃てない細工;米国はそんなことよりすべきことがある

アメリカがウクライナに供与しているロケット砲ハイマースは、最初からロシア国内を攻撃できないように改造されていたと報じられている。いまさら驚くことでもないが、ウクライナ戦争における代理戦争の性格に加えて、かなりの管理戦争であることも明らかになってきた。誰が管理しているかといえば、いうまでもなくアメリカである。

ウクライナが戦うのは支援するがアメリカは直接戦わない

 

米紙ウォールストリート紙12月5日付は「アメリカはハイマースの発射車両を、ロシア領土に届かないように加工していた」との記事を掲載した。ざっと言ってしまえば、ハイマースの供与は、ロシア国内を狙わないとの約束と引き換えだったが、さらに発射台に手を加えて、ロシア領土には届かないようにしていたわけである。アメリカの「配慮」を称賛する人もいるかもしれないが、そこまでウクライナは信用されていないともいえる。しかし、この自制は、どうもそれほど厳密とは思えないのである。

「今年6月以来、アメリカはウクライナ軍に20基の高移動性ロケット砲発射システム、つまりハイマースを供与。さらには、衛星からの誘導で射程距離が約50マイルの誘導式ロケットを大量に供給してきた。このロケットは誘導多連装備ロケットシステムといわれ、ウクライナ領内にあるロシア軍の弾薬庫や兵站拠点、さらには司令部などの攻撃に使われてきた」(同紙)

wsj.comより:ハイマースの発射を行う車両

 

それならば、ウクライナ軍が攻勢に出ているいま、ハイマースだけに細工をしてもしかたないと思われるのだが、「ハイマースには潜在力を発揮するのを抑えることのできるユニークな特徴がある」と同紙は書いている。「そのことでアメリ国防省は発射装置に操作を加えて、アメリカの戦術的ミサイルシステムロケット、アタクムスなどのような射程距離200マイルにおよぶ長距離ミサイルを、ウクライナが使えないようにしているのだ」というのである。

こうした操作についてはウクライナ政府も了解済みらしいが、もちろん、不満がないわけがない。ロシアはウクライナ国内にミサイルを大量に撃ち込んで、ライフラインを破壊しており、電力などは破壊されて供給不可能になった地域が50%にも達したといわれる。それに対してアメリカと同盟諸国の援助は、あくまでエスカレーションを避けるためと称して、発射装置に細工をしているのだ。このことによってウクライナは、ひそかに長距離ミサイルを別のルートで手にいれても使えないことになる。

wsj.comより:いまはとにかくロシアと直接はやりたくない


いまのところ、ウクライナがロシア国内への攻撃を行う方法はドローンを使用するもので、それは行われている可能性がある。たとえば、12月5日にもロシア軍の空軍飛行場が攻撃されたが、そのひとつは出撃準備集結地にある長距離爆撃機用の飛行場だった。「ロシアの国防大臣は、ウクライナがドローンを使った攻撃を行なったと述べており、2機の航空機が破壊され3名の兵士が殺害されたという。ただし、このとき使われたものが、アメリカが供与した武器なのかどうかは不明らしい」(付記:ドイツのZDFによればロシア国内3カ所で爆発が起こっているという)。

ロシアは、アメリカが長距離ミサイルを発射できる装置を、ウクライナに供与することに対して警戒しており、ロシア外務省のスポークスマン、マリア・ザハロワは「そんなことをすればレッドラインを踏み越えることになる」と警告を発している。しかし、ウクライナからすれば、お前がよく言うよという気持ちになるのは当然といってよい。アメリカも供与を永遠にしないといっているわけではないが、当面はいまのバランスを動かさないということらしい。

wsj.comより:発射車両に細工すればロシア領を攻撃できない

 

こうしたアメリカの姿勢は、代理戦争どころか管理戦争を行なっているといえる。しかし、そんな「微妙」な操作を続けるくらいなら、もっとやることがあるのではないか。少し前にロシアがウクライナをミサイル攻撃している最中、ポーランドに着弾したミサイルがあった。この着弾はかなり強引にウクライナの迎撃ミサイルとされたが、最初にポーランドは「ロシア製」と発表しており、ロシアのミサイル攻撃は東方、東北方、東南方から来るから、その迎撃ミサイルが西方に流れることはほぼありえない。

この着弾が起こったさい、バイデン大統領は「これはロシアのミサイルではないように思う」と直後にコメントし、また、ロシアがすぐに「抑制の効いた対応だった」とアメリカを評価した。犠牲を強いられているウクライナが、蚊帳の外に置かれて気の毒だとは思うが、こうした戦闘に付随したコミュニケーションを通じて、本当の当事者間による停戦のための対話が始まらないとも限らない。もちろん、ロシアもアメリカも「相手がその気でないから対話は無理」というコメントを、しばらくは続けるだろうけれど。

【付記 12月7日12:00すぎ】同月6日、アメリカのブリンケン国務長官は、どこの国の攻撃かは明言しなかったが、ウクライナが国土防衛を超えて攻撃することをアメリカは歓迎しないとの姿勢を示した。また、ウクライナは独自に長距離ドローンを開発していることについては、オースティン国防長官が是認する姿勢を示している(NHK昼のニュース)。これに関連して、ウクライナがロシア国内を攻撃していることについて、ロシアの防空力の弱さだとしてウクライナ軍の攻撃を称賛する日本国内の報道もあった。しかし、ロシアの防空が弱いことは確かだが、ウクライナのロシア領内攻撃は、この戦争の新しい段階に入る危険があることを意味していることに、どうも気がついていないらしい。)