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東谷暁による「事件」に対する解釈論

習近平が直面しているジレンマ;中国のコロナ制圧と経済回復を両立させる方法はない

このままいけば、1日に4500万人の感染もありうるとのシミュレーションが発表されている。中国のゼロコロナ政策の失敗は、ここまで来てしまった。さまざまな説が飛び交っているが、その内実を知れば知るほど、習近平はいま深刻なジレンマに直面していることがわかる。窮地を抜け出す解決策はあるのだろうか。


中国の習近平主席は北京で会談したEU理事長のシャルル・ミッシェルに「以前のデルタ株は致死率が戦ったが、オミクロン株は比較的低い。それゆえに、一部の地域ではすでに規制緩和に向けた道がひらかれつつある」(AFP通信)と語ったという。しかし、オミクロン株はデルタ株とはまた別の手ごわさがあることは、多くの先進国での例からも分かる。はたして中国は本当に打開の道を見出せるのか、依然として不明というべきだろう。

経済誌ジ・エコノミストは独自にシミュレーションを行って、いまの中国のコロナ禍の状況を浮かびあがらせている。12月1日号には「中国のコロナ対策失敗」との社説を掲載し、さらに同日付で「中国のコロナ戦略失敗で習近平は窮地に陥っている」と題するレポートを発表して、習近平の中国が直面している悲惨な状況を詳しく伝えている。いくつかの要点だけ紹介しよう。

The Economistより:激しい感染が進んでいる


まず、中国は約90%の人が2回のワクチン接種をしたことになっている。しかし、ジ・エコノミストのシミュレーションでは、もしこのままコロナ・ウイルスの感染が野放しにされるとすれば、感染は1日に4500万人に上ることになるという。もちろん、これはいまの趨勢から導き出した数値だから、そのまま放置されることはないが、恐るべき近未来を予測する数値であることは確かだ。

また、たとえワクチンの効果がいまのまま維持され、感染した人たちが治療を施されたとしても、約68万人の人が亡くなると予想されるという。実際には、ワクチンを打っても時がたてば効果は低下するし、感染しても治療を受けられない人もいるので、数値はこれよりもっと多いことになるだろう。さらにこのとき、集中治療用のベッドは41万床になると思われるが、この数値は今あるベッド数の7倍に相当するという。

The Economistより:ロックダウンの限界はとおに見えている


こうした惨状は、まちがいなく習近平政権による政策がもたらしたものだ。たとえば、80歳以上でコロナワクチンの接種を受けた人はわずか40%にとどまる。高齢者が重症や死亡を回避しようとすれば接種は不可欠であり、事実、健康な80歳の人が感染して死亡する割合は、健康な20歳の人が感染して死亡する割合の100倍に達している。中国共産党は感染が広がった地域のロックダウンは実行しても、感染以前にワクチン接種を推進する努力を怠ってしまったのである。

しかも、どういうわけか中国政府は、コロナワクチンの接種資格を60歳以下に限ってきた。また、伝統的医療を推奨するいっぽうで、外国製のワクチンについては「安全性において問題がある」としてきた。こうした(間違った)中央の政策が、地方政府が第1回目のワクチン接種を推進する意欲を著しく減退させてきた。こうしたワクチン接種そのものの出遅れと、効果の高いワクチンを使わなかったことが、今回のオミクロン株の激しい感染の広がりを生み出しているわけである。

The Economistより:PCR検査をしても解決はしない


コロナ・パンデミックが世界に広がり始めたころは、中国のロックダウンによるゼロコロナ政策が大成功をおさめたように見えた。しかし、いまやその評価は下落してしまった。たとえば経済への影響だが、中国国内の航空路線による移動は1年前と比べて45%もの減少をみせ、道路上での移動は33%減少し、都市の地下鉄における移動量は33%下落している。これはほんの氷山の一角で、経済への影響はきわめて大きい。

では、現在はどのような状況だろうか。中国のワクチン接種状況をみると、いまだに4回目に入っていない段階にある。ジ・エコノミストのシミュレーションでは、もし、追加接種が実現してそれが90%に達し、感染者の90%がちゃんとした治療を受けることができれば、たとえウイルスの拡散が放置されたとしても、死者は6万8000人まで減らすことができるはずだが、その準備は進んでいないのだ。

習近平はジレンマに直面している。つまり、コロナを抑えつけ続ければ社会的および経済的なコストは高くなる。いっぽう、抑えつけを緩和すればさらなる感染拡大を引き起こすことになる。悪いことには、これまで可能だったコロナ感染拡大と苛烈なロックダウンの間のバランスを取る、中間的な路線の基盤が、まったくなくなるわけではないにしても、すでに脆弱になってしまっている」

The Economistより:コロナに囚われているのは誰か


この状態のなかで試されるのは、習近平に対する忠誠心であり、彼はこの厚生上の危機を政治的な危機に転化して、強引に乗り切ろうとしているのだろう。しかし、この微妙な「試験」に打って出る時節としては最悪といえるだろうと、同誌は指摘している。なぜなら冬季はコロナの感染がもっとも激しくなる季節だからである。

「どうすれば、中国がナショナリズムを加速することによって、中国共産党にこれまでのような忠誠心を維持することが可能なのか、それは誰にも分らない。習近平は10年間権力の座にあって、政治と経済においてそれほどの犠牲を払うことなしに支配力を高めてきた。しかし、コロナはこれまでの習近平の業績をすべて駄目にしてしまうかもしれないのだ」