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東谷暁による「事件」に対する解釈論

プーチンが予備役30万人の動員を断行;いったいどの程度の効果があるのか

プーチン大統領は予備役30万人の動員を決めた。総動員ではなく「部分的動員」だそうだが、はたして不利になっていた戦局を転換できるのだろうか。西側の論評のほとんどがそれは不可能だと指摘している。いまの劣勢は動員数より武器の性能から来ている。さらには、投入される兵士たちは訓練がなされているのだろうか。


プーチンが部分的動員を決定する直前、外交誌フォーリンアフェアーズ電子版9月16日付が「プーチンによるウクライナでの次の一手」を掲載していた。この論文では、プーチンには2つの選択肢があり、「第一が、総動員に踏み切る」、「第二が、撤退する」であって、現実には「その間をとる」のではないかと予想していた。どうやら、この予想は「部分的動員」というかたちで実現したが、では、この選択はプーチンを窮地から救うのだろうか。

もちろん、実際には兵士7~8万の死傷者を出しているといわれるロシア軍の、人的補填にはなるかもしれない。しかし、ロシアが劣勢に転じたのは、そのほとんどがアメリカによって供与された、対戦車ミサイル、対空ミサイル、そしてロケット砲によっている。戦場では白兵戦をしているわけではない。大量の兵士投入はソ連以来の(あるいは帝政ロシア以来の)ロシアの「お家芸」だが、いまの戦争ではこれが決定打になるとは思えない。

The Economistより:ロシアはさらなる消耗戦に突入する

 

また、この予備役30万人は十分に訓練されているのだろうか。この点についてはフィナンシャルタイムズ紙9月21日付の「なぜプーチンウクライナ戦争への掛金を上げるのか」のなかで、アメリカのランド研究所のデータを紹介している。2019年の論文だが、西側の基準で判断すると、定期的な月例訓練を受けているのは4000~5000人ほどしかいないというのである。これでは彼らを戦場のインストラクターに使うとしても、足りないのではないだろうか。

さらに、この2つの条件が克服されたとしても、30人のロシア軍人を戦場に立たせるには、補給線を整備しなければならない。ただでさえ、2月の侵攻以来、兵站がうまくいっていないのに、30万人の軍隊をウクライナに展開するためには、かなりの時間が必要だろう。前出のフィナンシャルタイムズ紙は、皮肉な調子で「この動員の影響はすぐには出てこない」と指摘している。なぜなら、「準備に時間が必要」だからだ。

世界中が危惧している核兵器の使用についてはどうだろうか。プーチンは9月21日の演説で「核使用も辞さない」と断言しているものの、今の段階では威嚇にとどまっていると見られている。だたし、威嚇にとどまっているのはロシアが「まだ十分に敗北していない」からだという見方もできる。すでに「ロシアは核兵器を使用するのか」で「戦術的核兵器」については述べておいたが、この動員にもかかわらず、ウクライナ軍がアメリカの武器のさらなる供与によって、ロシア軍をドンバスから放逐すれば(その可能性は高くなった)、プーチンは決定的に追い詰められるだろう。

The Economistより:ロシア国内の反発も強まっている


今回の動員の発表は、これまでになくロシア国内での衝撃が大きかったようだ。それはプーチンの演説後、外国への旅行の契約に殺到したというニュースに表れている。ジ・エコミスト9月21日付の「プーチンは部分的動員を宣言する」のなかで、グーグル・サーチによるロシアから外国に出る方法についての検索数をグラフにして紹介している(上のグラフ)。これによれば9月20日から21日かけて急伸している。また、反対運動が本格化しているとも伝えられている。

そのいっぽうで、ウクライナ側の方はどうなのだろうか。ゼレンスキーは東部での親ロシア派による住民投票について「一蹴した」といわれるが、30万人のロシア兵にどう対応するのかについては、明確な具体的対応策がまだ表明されていない。そもそも決意表明以外は無理と思われるが、ジ・エコノミスト電子版9月18日付は「ウクライナ軍は次にどこに行くのか?」との記事を掲載して、たしかに、ハルキウの勝利は称賛されるべきだが、「いまも主な戦場はウクライナ南部であり」、そこでの動きが見られないと指摘している。

この戦争について、戦略家のローレンス・フリードマンがヨーロッパのジレンマを指摘している。ヨーロッパはウクライナの勝利を願ってはいるが、そのため自分たちが被る犠牲については懐疑的だというのだ。しかし、もっと奇妙なのはアメリカのバイデン政権で、バイデンはこの戦争目的を「ロシアの消耗」に置いている。それは、オースティン国防長官が述べたように「ロシアが再び他の国に攻め込むことがないようなレベル」だという。つまり、ウクライナはこのレベルに達するまで、死傷者の多い悲惨な戦いを続け、動員されるロシア人はプーチンにロシア軍の伝統にしたがい「消耗」され続けるということなのだ。

 

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