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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ゼレンスキーのワシントン訪問で何が始まるか;武器や兵力が加速的に投入される泥沼戦

ウクライナのゼレンスキー大統領のワシントン訪問は、お祭りのような騒ぎだった。いっぽうで、その目的は何だったのかは、自明のようでいて分かりにくい。ロシアは武器弾薬が払底していて、兵員も足りないという報道がなされている。そのいっぽうで、ウクライナは武器弾薬の支援を重ねて要請し、さらには地対空ミサイルであるパトリオットの供与を取り付けた。これからいったい何が始まろうとしているのだろうか。

 

今回のゼレンスキーによる議会訪問の成果としては、バイデン大統領が18億5000万ドルの支援を約束し、さらに懸案だったパトリオットの供与も得られた。これまでも膨大な金額の支援がバイデン政権によって行われてきたが、今年の中間選挙によって下院が共和党の支配するところとなり、同党にはこれ以上のウクライナ支援に対して懐疑的な議員も少なくないので、ゼレンスキーが継続的な支援のため訪米したと説明されることが多い。

これは、一見、自然な流れで、奇妙とは思えないかもしれない。しかし、仮にもウクライナの大統領が12月21日に米国を訪問するのに、同月20日に突然発表されるというのは、暗殺の確率を下げるためだとしても、あまりに急だというしかないだろう。また、パトリオットの供与については、じつは一基だけの供与であり、しかも、ロシア軍の空からの攻撃が、安価なドローンによっている現状からすれば、パトリオットは高価すぎて当面の必要ではないと見ることができる。

そもそも、共和党が下院を制したからといって、ウクライナへの軍事支援が滞ってしまうのかといえば、実は、共和党全体が支援をやめようとしているわけではない。たとえば、フィナンシャル・タイムズ紙12月22日付の「ゼレンスキーはめまぐるしい訪問でエモーショナルな売り込みを米政府に行った」によれば、明確にウクライナ支援に反対もしくは懐疑的な人物は、数えるほどしかいないのだ。


まず、ドナルド・トランプに近い下院議員ではジョージア州選出のマジョリー・タイラー・グリーン。サウスカロライナ州選出のラルフ・ノーマン。フロリダ選出のマット・ギーツ。コロラド州選出のローレン・べバート。そして、繰り返し報道されていて、大勢であるかのような印象を与えているのが、下院での共和党リーダーであるケヴィン・マッカーシーで、彼はウクライナに「白紙の伝票」は渡さないといっている。私は、せいぜいこれくらいしかいないから、アメリカは健全だといっているのではない。これから見ていくように、アメリカの戦争へのおかしな関わり方とその膨大な費用にも関わらず、これしか反対者が浮上していないことが奇妙だと言いたいのである。


では、アメリカはウクライナにどれくらいの支援を行ってきたのか。ジ・エコノミスト誌12月21日号の「ゼレンスキーはワシントンにメッセージを運ぶ」によれば、ウクライナはこれまでアメリカから今年だけで約500億ドル(約6兆5000億円)を受け取っており、そのうち23億ドルが軍事関係、残りが経済および財政支援である。「ウクライナの軍隊は戦場でアメリカの弾薬と装甲車に依存しており、ロシアからの爆撃から自国の都市を守るために、アメリカ製の対空ミサイルに頼っている」。

さらに、経済は激しく崩壊しており、ウクライナ政府は財政の赤字を埋めるために、アメリカとヨーロッパの友好国の援助に支えられている。アメリカ議会は2023年を通じてウクライナが経済的に維持されるために、440億ドルを超えるさらなる援助パッケージ案について、間もなく投票を行うことになっている。ざっといって、軍事も民生もアメリカがまるまる支えているといってもよいだろう。彼は米議会の演説のなかで、アメリカの膨大な支援について「それは施しではなく、世界が安全になるための投資だ」などと述べたが、よく米国民がいっせいに憤激しないものだと思う。


こうした、あまりにも圧倒的なウクライナの生命維持装置となったアメリカは、奇妙なことにウクライナ戦争の停戦を、積極的に推進しようとしていない。プーチン大統領が停戦について触れても、バイデン大統領は停戦を好ましいこととはしても、ロシアは本気でないとして、具体的な動きはまったく見られないのだ。

これはオースティン国防長官が「ロシアが新たに他国を侵略できないレベルまで軍事力を削ぐ」ことを戦争の目標としているので、当然であるかのように指摘する論者もいる。しかし、すでに積り積もった膨大な「世界が安全になるための投資」を正視すれば、すでにウクライナ戦争の最大規模の当事者はアメリカであり、共和党のトランプ派でなくとも、自国が常軌を逸した戦争を行っていることに、怒りが爆発してもおかしくない。

ところが、ウクライナの大統領は、このアメリカの膨大な支出を「世界が安全になるためのための投資」と呼んで悲惨な状況にある自国民を唸らせている。そしてまた、ウクライナ戦争を「民主主義と専制主義の戦い」と位置付けてきた欧米の多くのマスコミは、英雄きどりでしゃべりまくるゼレンスキーの「ぼったくり」演説が、米議会のスタンディング・オーベイを受けたといって称賛している。


ジ・エコノミストも同じようなものだが、事実のおぞましい側面だけは書いている。「ウクライナ軍はなおも、武器の『要請一覧表』に多くのアイテムを記載することをやめない。ゼレンスキーの将軍たちは、ウクライナ軍がアメリカのハイマースで攻撃するようになってから、ロシア軍はそれに対応するため、兵站基地を前線からずっと後退させたと述べている。そして、その後退したロシアの兵站基地を攻撃するため、こんどはウクライナ軍にハイマース以上の射程距離をもつアタクムが必要だというのである」。

これと似たような話を、台湾の軍関係者の傾向について書いた記事で読んだことがある。ウクライナ戦争を観察すれば、もし中国が台湾に侵攻した場合、当面、必要なのはジャベリンやスティンガーなどの携帯できる武器であるのは分かっている。ところが、台湾の軍関係者がアメリカに供与を要請するのは、最新式のジェット戦闘機や高性能のミサイルで、しかも、そうしたレベルの高い武器を供与されても、すぐに使えるどころか訓練ができる態勢にすらないという。記事を書いた記者は、もっと現実的な準備をしていないと、背後にアメリカがついていても、苦戦することになるのではないかと憂慮していた。

もちろん、この二つの例には大きな違いがある、台湾の場合にはまだ現実に侵攻を経験していない。ウクライナの場合にはロシアの侵攻に対応するなかで、必要なものを追求することで、どんどん高度な武器が欲しくなったわけである。しかし、それはウクライナ国内からロシア軍を駆逐するだけに使われる保証はない。

こんどのパトリオットも、ウクライナに供与されてから一定期間の訓練が必要だとされている。その訓練はアメリカ人のボランティアという名の「民間軍事会社」が請け負うことになると思われる。それどころか、イラク戦争でそうだったように、実際に操作をしているのは、「ボランティア」という事態になる可能性は高い。もうアメリカは官民ともこの戦争に、どっぷりとはまりこんでいるのだ。こうして戦争は螺旋的に拡大され、泥沼へと潜り込んでいく。

いま予想されているのは、ウクライナ軍の将軍たちが述べているように、2023年の1月から3月の間に、ロシアが大規模な攻勢をかけてくることだ。それはウクライナ側から見てだけでなく、ロシアが急速に兵力を増強しようとしていることからも推測できる。しかし、ロシアの弾薬の蓄えがどのくらいにせよ、高性能のミサイルや装甲車は払底していないまでも、使えるものがごくわずかであることは間違いない。

そうした条件での大攻勢とは、未熟な兵力の投入だけに依存した「挽肉機」的な戦争だろう。ウクライナ側が恐れている以上に、ロシア軍の現場の兵士および将校たちは戦慄しているはずだ。かつてのノモンハン戦(日本軍もソ連軍も損耗率がきわめて高かった)やスターリングラード戦(ナチス軍もソ連軍も若い兵士を「壁」にして戦った)のような、想像を絶する消耗戦を強いられることになるかもしれない。