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東谷暁による「事件」に対する解釈論

なぜウクライナ戦争の和平交渉ができないのか;理屈より現実、理想より現実が重要だ

ウクライナでの戦争を終わらせようとする試みはいまも続いている。ただし、関係している多くの国の思惑が錯綜して、その計画案が決まらないどころか、和平の定義や目的もばらばらなのだ。そこに強いリーダーシップがないことは明らかで、実は、アメリカのウクライナ支援そのものが、曖昧な目標でしかなくなっている。

 

米経済紙ウォールストリート紙3月27日付が「ウクライナの同盟国は戦争を終わらせる道を求めているが、しかし、達成するためのプランが欠けている」という、なんとも説明的なタイトルの記事を掲載している。いま、ウクライナをめぐる情勢がどのようになっているのかを復習するのにはよいかもしれない。

まず、この記事が述べているのは「理屈で考えるのと、現実とはちがう」ということだ。理屈で考えれば、ウクライナに武器を供与して、ロシアよりずっと優位に立たせれば、プーチンといえども、ウクライナ侵攻以降の占領地を、あけわたす交渉に乗ってくるだろうと思うかもしれない。しかし、和平がそのようにすっきりと進むと思う関係者は存在しないし、そうした交渉を行なおうと真剣に考えている者もいないという。


そもそも、交渉については、それが「可能だ」という外交官でも、では、いつごろかといえば「数カ月ではなくて数年内には」という話になってしまう。しかも、ウクライナが勝利することには同意しても、そのときプーチンへの要求や措置というものがどうなるか、いまも不明瞭なままだという。

また、ウクライナへの支援のレベルについては、「将来的なロシアの侵攻を抑止できる程度に」という点では合意が得られたとしても、その「程度」がどの程度なのか、まったく合意に至っていない。フランスのマクロン大統領などは、ロシアに屈辱を味あわせることには反対で、ロシアとウクライナが双方存続できる程度の安全保障を主張している。いっぽう、他の西側諸国は(アメリカが特にそうだが)、ロシアの軍事力は恒常的に削減してしまうべきだと考えている。


マクロンによれば、ロシアの体制を変えてしまうという案などは論外で、ウクライナがこの戦争で「完全な勝利」をおさめる力があるとは思えないので、ウクライナが反撃して優勢に立ったところでロシアとの交渉を始めてはどうかと提案している。いっぽう、他の西側諸国の外交官たちは、ウクライナのゼレンスキーもロシアのプーチンも、自国が負けるなどとは思っていないので、この春のウクライナの反攻後になっても、交渉する気になるとは思えないという。

最近、現実味が増している説に、2024年の米大統領選挙で、バイデンが大統領に当選しなければ、ウクライナへの支援が中止されて、ロシアにとって有利になるというのがある。しかし、これもプーチンは信じているかもしれないが、米共和党の大統領が誕生したからといって、ただちにウクライナへの世界からの支援が、まったく途絶えてしまうわけではない。

いっぽう、いま継続しているロシアとその関係国への経済制裁が、ほんとうに効いているのかという問題がある。ロシアによるウクライナ侵攻の直後は、大規模な経済制裁によってロシア経済は急激に低迷することになっていたが、いまやルーブルなどは以前より高くなってしまっている。(もちろん、中国を中心とする国々がロシアからエネルギーを購入し、ロシア周辺国を通じて貿易も継続しているからだが、それはこれまでも経済制裁を経験してきたロシアならではの、かなり微妙な経済政策が功を奏しているからで、それでも2年くらいはもつのではないかとの説もある。)


こうして見てくると、ウクライナもロシアも、バフムトなどで激しい戦いを続けていながら、それぞれが「勝利する可能性」を捨てていないことは大きい。そのために、2国が交渉に積極的になるというモチーフが見いだせないわけだ。そのいっぽう、ウクライナに支援している西側諸国は、必ずしも同じような戦争の目的を設定しているわけではないのだが、あえて交渉を設定しようとはしないか、フランスのように提案はしても、その実現力がないために、交渉への具体的な前進が生まれないのである。

こうした逡巡する西側諸国には、さらに、支援は常にバランスを考えるという発想があって、これが交渉への前進を阻害しているとの指摘もある。つまり、いまの武器供与などに見られるように、ロシアを圧倒してしまうような量の武器弾薬を供給するということは避けて、ロシアの武器弾薬とバランスするように、あれこれ配慮するという傾向が間違いなく存在する。

では、思い切って西側諸国がウクライナにロシアを圧倒する量の武器供与をすればどうなるのだろうか(あるいは、どうなると考えているのだろうか)。その場合には確かにウクライナが戦場で明らかに有利になるだろうが、そのかわり、ロシアは西側諸国が介在するいっさいの交渉には応じなくなる危険がある。たしかに、そうなっては交渉による解決はほとんど可能性がなくなるだろう。


この点、もっともバランスにこだわっているのが、意外にもアメリカであって、なかなか長距離の戦術ミサイルATACMSを供与しようとはしなかった。また、ハイマースなどのロケット砲は、一部を改造することで、性能を低下させたものを送るという慎重さだった。(さらには、アメリカの高性能の戦車を送ることを決めたと発表したが、製造や訓練が時間を要するので、今年中に戦場に現れることはないといわれる。しかし、こうしたバランス主義は、実はロシアの軍事力を恒久的に削ぐという目的と関連していると思われる。ウクライナの人的損失と引き換えに、この目的を追求しているのだ。)

このようにアメリカと西側諸国は、ウクライナのゼレンスキー大統領に言い含めることで、武器の供給の速度を上げないようにしてきた。しかし、こうした措置はロシアを過度に刺激しないという目的は達成できても、ウクライナの戦場での優位をなかなか実現できないゼレンスキーは、ウクライナ国内で政治的に窮地に陥る危険があると、ウォールストリート紙は指摘している。

ウクライナ国内での世論調査も微妙な数値を見せている。アメリカのシンクタンクが行った世論調査では、ウクライナの97%の人はウクライナが勝つと信じている。そのいっぽう、74%の人は1991年、つまり独立したときの領土に回復されるべきだと答えている。これはある意味で当然ともいえるが、この要求を押し通せば、ロシアのプーチンとの妥協の余地はきわめて小さいことになる。

ウォールストリート紙は、台湾問題についても少しだけ触れている。いま、西側諸国では、ウクライナ戦争の結果によって、中国の習近平が台湾侵攻を思いとどまらせることができるという議論がさかんだ。同時に、もし西側のウクライナ戦争の解決策が、「ウクライナを弱体化するものだったとしたら、習近平は自分が正しかったと思うことになるメッセージを送ってしまうことになる」と同紙は指摘している。


もともと、この記事の狙いはウクライナ戦争の交渉による終結について、多くの障害を並べて指摘することにあったと思われるが、特に重要な指摘ももちろんある。たとえば、英国のスナク首相が「民主主義のための戦い」だと位置づけていることを、同紙は交渉が難しくなるひとつの要素として取り上げている。これは、実は、アメリカのバイデン大統領の根本的な姿勢といってよい。そしてまた、ベトナムイラクアフガニスタンでも掲げた、戦争と占領の目的だったことを思い出すべきだろう。

ヨーロッパのベテラン外交官は、こうした「理念的な問題」がかえって交渉までの道のりを遠くすることを指摘して、次のように述べている。「和平への過程を抽象的に策定するのは難しくはない。しかし、それは現実的な選択を見つけていくことを、ずっと、ずっと難しくしてしまう」。

そもそも、ウクライナが民主主義国と呼べるような国だったかは、ここでは措くにしても、アメリカおよび英国のウクライナ戦争に対する姿勢は、「民主主義を守る」という理念に偏りすぎている。すでにウクライナに12万人、ロシアに20万人の死傷者が生じており、長期化する兆しが見えるとき、実現不可能に近い理念を掲げるのは、交渉をさらに遠ざける要因になる。むしろ、ウクライナという地域に秩序を、一時的にせよ回復すると割り切ることが、何より重要ではないだろうか。それはもちろん、スナクはもとより、バイデンにはできないことなのだ。