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東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国は実はロシアを弱体化したい?;ウクライナ外相が指摘する中露外交の本質

中国の習近平主席がロシアのプーチン大統領と会談したと思ったら、こんどは習にウクライナからゼレンスキー大統領との会談の誘いがあった。ウクライナをめぐる世界の外交は複雑怪奇といってもよい。ウクライナのドミトロ・クレーバ外相が、こうした複雑で冷徹な国際外交について、かなり率直に語っている。それは現時点での、ウクライナ戦争の現実を顕わにするものとなっている。

 

ドミトロ・クレーバは、キーウ大学で国産関係論を学んだ、いわばウクライナの外交エリートで、その意味ではゼレンスキー政権では珍しい「プロ」の政治家といえる。ウクライナ語のほかに英語、フランス語、ロシア語を自由にあやつり、まだ41歳だが、多くの外交実務も経験していて、ロシアのウクライナ侵攻の直後、ロシアとの交渉で矢面に立つ姿はテレビで見た人も多いだろう。

いま激しく動く外交のなかで、クレーバは習近平を中心とする外交合戦をどのように見ているのか。英経済紙フィナンシャルタイムズ3月29日付の「中国はまだウクライナ和平工作に踏み切っていないと、ウクライナ政府は述べている」から読み取ってみよう。ただし、この時期に発言できないことは多く、また、クレーバの言葉そのものが、ひとつの外交的行為であることを念頭におく必要もあるだろう。

まず、結論的な部分に相当するクレーバの発言から始めよう。習近平プーチンの会談について、彼は次のように述べている。「中国はロシアに崩壊してほしくない。中国は弱くなったロシアが必要なのだ。そうすれば、ロシアは中国にさまざまな妥協をさせることができるし、また、ロシアの資源を中国に供給させることもできるのだから」。


クレーバは自国の戦いを「国連憲章に謳われている、国家としても権利を守るためのもの」として位置づけているが、これは現実のウクライナ戦争と国際政治のなかでは、それほど実効性のある発言とは思えない。しかし、次のように語っているのは、戦争の当事者として「プロ」らしい認識といえる。

「これからのウクライナによる春の攻勢は、戦争における決定的なバトル(戦闘)として、あらゆる手段を用いて臨まなければならない。しかし、戦争というものは繋がりのあるバトルの連続であって、たとえこの反撃においてウクライナが勝ったとしても、我が国の領土が100%解放されることにはならない。なかには、このバトルが最後の決定的なバトルとなるので、他の選択可能なシナリオも考えておかねばならないという人がいるかもしれない。しかし、我われには領土的統一の完全な回復以外には、選択肢というものはありはしない」


この発言の前半は、戦争はまだ継続するので、春の攻勢だけを考えているわけにはいかないという、戦争の当事者としては現実的な認識だが、後半は戦争継続の強い意志を表明するという意味で、かなり願望の入った、戦争継続のための国民および世界に対する理念の表明という意味があると思われる。とはいえ、ウクライナにとっても、奪還はとても無理だと思われるクリミア半島などがあり、すでに欧州のジャーナリズムは「攻められても、守れない」クリミアは、最後まで「中立地帯」として残るのではないかと予測しているものも少なくない。

クレーバは、こう発言したあとで、最も回避したいのは「ミンスク3」なのだとも言っている。つまり、東部の紛争地域についてロシアと結ばれた協定「ミンスク1」と「ミンスク2」が、ロシアに対する妥協の産物だったために失敗に終わったので、同じようにウクライナが不利な協定は結ぶ気はないというわけだ。もちろん、これもいま欧米の政府で、ロシアが崩壊でもしない限り、可能だと考えている国際政治のプロは、かなり少ないと思われる。


さらにクレーバは、これからも続くバトルのなかで、大きな支えとなるアメリカおよびEU諸国からの武器の供与について述べている。ここで注目したいのは、過度な武器供与はロシアを刺激して、戦争がエスカレートしてしまい、プーチン核兵器使用に至る危険があるとの「エスカレート論」に対してかなり強く反論していることだ。

エスカレート論は、たんなる口実にすぎない。それは議論ではないのだ。ウクライナ国民は全員が、もっと進んだ兵器を求めている。それが実現してしまうと、クレムリンはもっと攻撃のレベルを上げ、NATOもさらに巻きもまれて、ついにはプーチンは戦術核兵器の使用にいたるなどという人がいる。こうした議論は常に間違っている」

本来は「戦争には独特の論理があり何が起こるか分からない」と考えておくのが当然と思われる。クレーブがどこまで信じているかは分からないが、いまのゼレンスキー政権がロシアと戦争を継続するには、さらなる西側からの武器の供与は最低の条件だろう。しかし、戦闘が激しく長期となったとき、プーチンの判断による核兵器の使用がありえないと、クレーブには(判断できないのだから)言えないはずである。

冒頭で紹介した、習近平は弱体化したロシアを望んでいるという認識は、実は、いまのアメリカの姿勢とパラレルなものになっている。バイデン政権は「以降、ロシアが他の国に侵攻できない程度に、ロシアの軍事力を削ぐ」という目標を立てており、オースティン国防長官は繰り返し、このように明確に発言してきた。

 

アメリカから見れば「飼い殺し」できる勢力となるまで、ロシアの弱体化を、ウクライナの兵士たちの生命を犠牲にすることによって、実現しようとしているわけだ。ただし、どの程度までロシアを弱体化するかは、アメリカと中国では微妙に異なっている。中国はロシアを自国の都合で「使える」程度まで弱くしたいのだが、アメリカはロシアが「戦争ができなくなる」まで、いま叩いておきたいのだ。

いまのウクライナ戦争は、今のところ、この中国の都合とアメリカの願望との、重複しない部分で戦われているといえる。つまり、ウクライナはロシアが徹底的に崩壊するまで反撃する軍事力を備えていないし、それは中国が望んでいない。しかし、ウクライナはロシアをもっと弱体化する戦いを続けねばならないのであり、それはアメリカが望んでいるからでもある。こうしたウクライナの判断を超えた目的が課せられてしまった戦争は、ウクライナ自身の判断で停止することはできない。