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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナとロシアの停戦が具体的に論じられている;アメリカや西側諸国はもう反転攻勢に期待していない

ウクライナとロシアの停戦について、水面下の交渉と駆け引きが行われている。いずれも表向きは継続と勝利を口にするが、しだいに現実味のある情報が流れるようになってきた。そのうちのひとつが、ウクライナは反転攻勢をあきらめて防衛に徹することとし、ロシアは今の占領地をいちおう確保するというものだ。もちろん、これについてはウクライナ、ロシア、そしてアメリカおよび西側諸国は表向きはぐらかしているが、アドバルーンはあがっている。


最近、話題になったのが政治雑誌ポリティコ電子版12月27日に掲載された「バイデン政権は静かにそのウクライナ戦略をシフトさせつつある」で、この記事が注目されたのは、アメリカの高官およびヨーロッパの外交官のかなり信頼できる証言で構成されていることもあるが、何よりも現実味を感じさせるからである。

アメリカおよびヨーロッパ諸国のウクライナへの支援がいまや危機を迎えるなかで、バイデン政権とヨーロッパの高官たちは、ロシアに対する完全な勝利という目標という立場を、停戦に向けた実効性のある交渉へと静かに移行させつつある。これはバイデン政権の高官とワシントン駐在のヨーロッパの外交官による発言に基づく予想だが、この構想はロシアが占領している領土をウクライナが手放すことを意味している」


まだ、公式に発表されたわけでもないし、当事者であるウクライナとロシアは、いまの時点では否定するだろう。しかし、この停戦案はこれまでの経緯を背景としていて、実現する可能性が否定できない。まず、ウクライナだが、2023年の夏における反転攻勢は失敗に終わった。いま、盛んに黒海でのロシア艦船の攻撃成功をアピールしているが、その一方では東部戦線はロシアが優位に立つようになっている。

この構図はすでに、英経済誌ジ・エコノミストウクライナのザルジニー総司令官がインタビューに答えて、反転攻勢の失敗を「膠着状態」と表現して認めており、彼が予想していたように、東部戦線は膨大な兵士を投入しているロシアが有利に展開している。このことでゼレンスキーとザルジニーとの関係は最悪になったといわれる。しかし、黒海の艦船撃破について、ロシア側があっさりと認めているのは、これが戦局を大きく変化させるような事態でないことを意味しているだろう。


いっぽう、ロシアの立場はどうなのか。プーチンはいま戦争をどうしようと考えているのか。表向きは東部戦線の「勝利」をアッピールして、占領地域での成功とさらなる侵攻を主張している。しかし、すでに水面下の交渉に応じており、提案された現在の占領地域(ウクライナの領土の約20%)と引き換えに停戦に応じる案については、拒否したと伝えられるものの、門前払いといった姿勢ではなかったといわれる。

もちろん、もし停戦が行われても、これが最終的な平和条約にまで進むとは限らないので、アメリカおよびヨーロッパ諸国のウクライナに対する支援は続く。ただし、それは新たな反転攻勢を掻き立てるものではなく、あくまでロシアの新たな侵入に備えるものだとされている。たとえば、塹壕や地雷原を北部に設置して、ベラルーシ側からの侵攻を阻止するというものだ。この防衛策にはもちろん、制空権を可能にする戦闘機の供与も含まれると見られるが、それは反転攻勢に使われることを前提としていないわけだ。


また、こうした停戦案を推進した場合、バイデン政権がアメリカ国内で批判されないかという問題もある。しかし、ポリティコ誌によれば「大統領選は必ずしも外交に大きく影響されない。問題は大統領候補がしっかりした姿勢を示すか否かだ」という説を紹介している。さらに、いまアメリカ国内での話題は経済政策であり、バイデンが2024年の大統領選に勝利するには、こちらに精力を集中したほうがいいと示唆している。

気になるのはバイデンのライバルとなるトランプの動向だが、この点について、ポリティコ誌は、トランプの「アメリカ・ファースト」が停戦交渉を遅らせてしまう危険性を指摘している。いうまでもなく、トランプはウクライナ戦争については「24時間以内に終えさせる」といっているほどで、ウクライナが不利になる停戦案でも構わないと考えているかもしれない。そうでなくとも、おそらくNATOに丸投げしてしまうケースも考えられる。


これは何を意味するかといえば、ロシアとしては停戦交渉を急ぐよりも「来年の選挙結果を見てからにしたほうがいい」と考えている。事実、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は「ロシアは2025年までの積極的プランを持っている」と2023年9月に発言している。アメリカのジョン・カービー安全保障会議戦略広報調整官は、プーチンがどう動くかにかかっているという。「われわれとしてはこの戦争はすぐにでもやめたいのだが、プーチンはこの停戦交渉に乗り気かどうかまだ示していないのだ」。

このアメリカ側のスタンスを見て、これはまったく脈がないと思う必要はないだろう。世界の関心はウクライナからイスラエルハマス戦争に移り、必ずしも国際世論がウクライナにとって有利ではなくなっている。しかも、ウクライナは経済的および政治的に疲弊混乱していて戦争の継続性が危ぶまれている。アメリカはかなりの妥協をウクライナに求める可能性は高い。そうなれば、ゼレンスキー大統領もまたウクライナの歴史に繰り返し登場するタイプの英雄の一人に加わることになる。つまり、独立をかけて戦う指導者として称えられたすえに、大国の圧力で国民に対する裏切りを甘受せざるを得なくなるという意味で。