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東谷暁による「事件」に対する解釈論

イスラエル・ハマス戦争を停戦に持ち込めるか;そしてガザ地区は誰が統治すべきなのか

すでにイスラエル軍ガザ地区ハマス勢力のほとんどを掃討していて、問題はこれからどのように戦いを収束させていくかに移っている。しかし、この地域に平和が戻ってくるのかといえば、決してそうではない。いったい誰がこの地域を統治することになるのか。実は具体的には何も決まっていないからだ。


経済誌ジ・エコノミスト電子版2023年12月30日付は「イスラエルガザ地区での長い戦争に備えている」を掲載したが、結論を先に紹介してしまえば「戦いがどのように終わるのかも不明」なのである。同誌によれば、イスラエル軍はさらに数百キロに及ぶトンネルを完全に破壊するために、なおこれから数カ月は占領を続け、ゲリラ化したハマスの掃討のための戦いを続けなければならないと考えているという。


しかし、それはかなり困難がともなうとジ・エコノミスト誌は見ている。その理由のひとつは、イスラエル軍によるハマス掃討のための戦いで、「すでにイスラエルの経済に損害をあたえ、また、深い破壊を行ってしまった」からである。約36万人の戦闘員が動員されたが、これは1千万人に満たない人口しかない同国において、約50万人が戦争に借り出されたことを意味するという。実は、かなり疲弊しているのである。

もうひとつの理由は、アメリカ政府がさらなる戦争の拡大に懸念を持ち、圧力をかけているからだ。アメリカのバイデン政権はイスラエルのネタニヤフ首相に、積極的な作戦の規模を縮小して、ガザ地区での人道的状況の危機を解消し、パレスチナ人による新しい統治的権威の成立を促すよう要請してきた。この場合、新しい統治をおこなうのは、いまヨルダン川西岸で中心的勢力となっているパレスチナ自治政府をあてることになる。


しかし、イスラエル側はこうしたアメリカの要請を受け入れる気配はないといってよい。これまでハマスの24の大隊のうち、12大隊はガザ市周辺に配置されていたから、すでにハマスの兵力のかなりの部分を「解体」したといえる。いまイスラエル軍が戦っているのは、ハマスの9大隊とであり、残りの3大隊はイスラエル軍との直接の戦いには加わっていないらしい。

イスラエルの情報機関によれば「ハマスはもう軍事組織としての体をなしていない」という。「軍隊の命令系統は消え去ってしまっていて、ハマスの兵士たちはゲリラ的な戦いを展開している。彼らは少数でトンネルから現れて、イスラエル軍に奇襲をかけているにすぎないのだ」。事実、ハマスはすでにイスラエル軍に向けて、ロケット砲を発射することができなくなっているという。


にもかかわらず、イスラエル軍が戦いをなかなか縮小できないのは、掲げてきた目標の2つをまだ達成していないからである。「それはハマスのトップ・リーダーであるシンワールを殺害するか捕縛していないことがひとつ。もうひとつは、人質になっているイスラエル人を救出できていないことだ。有力なイスラエル軍司令官だったタミル・ハイマンは「今回の作戦はそもそも何か月もかかるものだった。しかし、非現実的な期待が、失望を生んでしまっている」と指摘している。

こうした状況のなかで、ネタニヤフ首相は2023年12月26日に、「これからも戦いは何か月も継続される」と宣言した。「われわれは、戦争を継続して、ガザ地区南部および他の戦場での戦いを強化する。われわれは、最後まで戦うだろう」。しかし、将軍たちはいまや密かに作戦の規模を縮小しようと考えているし、また、ワシントンやカイロで交渉を行っているイスラエルの特使たちは、ガザ地区の新しい統治について議論を進めている。


いま可能性として検討されているのは、前出のようにイスラエル軍が撤退してヨルダン川西岸を統治しているパレスチナ勢力がガザ地区も治めるというのがひとつ。また、それは不可能なのでアメリカ軍を中心とする外国の勢力がしばらく駐留するという案もある。さらには、これはイスラエル政府の閣僚が発言したもので、パレスチナ人を追い出してイスラエル人が「入植」するというものすらある。

最後のイスラエル人による「入植」という案は、AFPによれば2023年12月31日に、ネタニヤフ政権のベツァレル・スモトリッチ財務省が発言したもので、彼が党首を務めている「宗教シオニズム」の立場からのものといわれる。しかし、ハマスが激しく入植に反発することで、イスラエルガザ地区の占領をやめたという歴史的な経緯がある。それを再び始めようというわけであり、無理に進めれば国際社会からの批判は激しいだろう。

AFPより:ネタニヤフ首相とスモトリッチ財務省


アメリカのバイデン大統領は、ネタニヤフ首相との会談に出発する直前に「イスラエル軍が占領を続けることになるのは間違っている」とのメッセージを発した。ところが、いまや占領どころか今のイスラエル政府の閣僚のなかには、パレスチナ人を追い出してイスラエル人による「入植」を行う案を公表する者がいる事態となっている。さすがにここまでくれば、バイデン大統領の我慢の限界を超えるという指摘もあるが、右派に支配されているといわれるネタニヤフ政権が、この再占領をあきらめる保証は何もない。


アメリカを含めた外国の軍隊がしばらく駐留するという案は、さまざまな人が述べているが、ここでは『サピエンス全史』などで世界的に知られるヘブライ大学教授のユヴァル・ノア・ハラリが2023年10月12日付の英ガーディアン紙に投稿したエッセイから引用しておこう。「アメリカ、EU、サウジアラビアパレスチナ自治政府からなる有志連合を結成して、ガザ地区の支配権をハマスから奪い、この地区を再建すると同時に、ハマスを完全武装解除して、この地区を非武装化する」。

ハラリはハマスの残虐な行為を許せないとしながらも、「すでに起こったことは、取り消すことはできない。だが、これ以上の事態の悪化は防がねばならない」と述べて、「可能性はわずかだが」と断りつつ上のような案を述べている。ハラリは一般向けの興味深い世界史で知られているが、実は、中世から近代にかけての軍事史の専門家でもある。宗教的な対立も要素として含んだ戦争の停戦であることを、分かっていて書いていると思われる。