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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ネタニヤフ首相による情報操作;米国人のイスラエル支持率がガザ殲滅戦の正当性に化ける仕組み

イスラエルのネタニヤフ首相は、2月27日、アメリカにおけるイスラエル支持が80%以上であることを根拠に、いま進行中のガザ地区南部への攻撃を、「完全に勝利するまで」継続すると述べて注目された。前日にはアメリカのバイデン大統領が、3月4日までに停戦が実現することを望んでいると述べたばかりだった。バイデン発言に対して牽制する狙いがあったといわれる。


このニュースは日本では英国BBC日本版が早かったが、肝心の部分が省略され誤解を招く危険がある。80%以上との世論調査を行ったのはどこなのか。また、この80%というのは本当に「イスラエルのガザ掃討作戦を支持するか」との項目だったのか。日本版を見てみよう。「最近の米世論調査で、パレスチナ自治区での紛争をめぐってアメリカ人の80%以上がイスラエルを支持していることが示され、同首相はこれを引き合いに出した」とある。さらに――。

「『我々はこの分野で大きな成功を収めている』とネタニヤフ氏は付け加え、米国民の82%がイスラエルを支持していることを示す直近の世論調査を引き合いに出した。『これは、完全な勝利を収めるまで軍事行動を継続するための、さらなる力を我々に与えるものだ』」

ハーバードCAPSハリスのデータ:82%支持の根拠か


まず、結論から述べておこう。この世論調査を行ったのはオリジナル版によれば「ハーバードCAPSハリス」であり、それなりの信用のある調査組織らしい。しかし、この「80%以上」という数値はネタニヤフの一般市民を巻き込んだハマス殲滅作戦への支持率ではなく、「この紛争においてイスラエルハマスのどちらを支持するか」に対する答えの80%がイスラエルだったということなのだ。また、昨年10月7日のハマスによる急襲がテロ攻撃だと思うか」という問いに対するイエスの数値83%(ノーは17%だった)を、ネタニヤフがあたかもガザ地区掃討への支持であるかのように使っている疑いが強い。

日本版にある「最近」というのは、オリジナル版にはなく、ハーバードCAPSハリスが何日付で発表したものなのか不明だが、いまのところ最も新しい調査結果は、ザ・タイムズ・オブ・イスラエル1月24日付で紹介された、1月21日に始まる週に発表された世論調査の結果である。さらに「イスラエルのガザ掃討作戦を支持するか」という項目を加えて再調査した可能性もないではないが、それならすでに他のマスコミのニュース種になっていただろう。

BBC電子版より:イスラエル支持率はすなわちガザ殲滅戦の支持率?


ザ・タイムズ・オブ・イスラエルはグラフにはしてくれていないが、他の調査項目も丁寧に報道しているので、なるだけそのまま紹介しておきたい。まず、「ハマスの急襲はテロ攻撃か」の質問に対してイエスと答えた83%という数字の内訳を見てみよう。65歳を超える層が94%、19歳から24歳までが74%で、高齢になるほどテロ攻撃として認識した人びとが多い。また、回答者の74%が「ハマスの急襲はジェノサイド的」としている。さらに、「ハマスの急襲は正当化できない」に対しては75%がイエス、その内訳は18歳から24歳が54%イエス、45歳から54歳が78%、54歳から65歳までが87%、65歳を超えると92%だった。

さて、ここが「80%」の出どころだが、ザ・タイムズ・オブ・イスラエルには「回答者の80%が彼らはハマスよりもイスラエルを支持する」とあって、その内訳が、18歳から24歳が57%、25歳から44歳が約70%、45歳から54歳が80%、54歳から65歳が90%、65歳を超える人は93%がハマスよりイスラエルを支持すると述べている(上のグラフだと思われる)。このイスラエル支持は確かに高いかもしれないが、アメリカ人が同盟国であるイスラエルに対して、イスラム教過激派集団のハマスより好意を持つのは自然なことだろう。しかし、この数値がネタニヤフ政権による膨大な数の一般市民を巻き込んだ悲惨なガザ掃討作戦を支持しているわけではない。

ハーバードCAPSハリスのデータ、昨年のものと思われる


もう少し見ていこう。回答者のかなりの部分67%がイスラエルは市民の犠牲を回避しようとしていると述べ、また66%がイスラエルは自分たちを守ろうとしているだけだと述べている。それに対して回答者の約34%がイスラエルはガザで「ジェノサイドを犯している」のであって自衛にとどまっていないとする。その中でも18歳から24歳が57%、25歳から34歳が50%と、若い層になると数値がジャンプする。つまり、これらの年齢層では半分以上のアメリカ人が、ガザ殲滅戦はジェノサイドだと思っているのだ。

これは昨年12月上旬に発表された調査結果


この点に関してはBBC日本版も、オリジナル版の翻訳によって「AP通信と全国世論調査センター(NORC)が1月に実施した別の世論調査では、アメリカの成人の約半数がイスラエルの行動は『行き過ぎている』と回答。昨年11月の40%から増加した」と報じている。ネタニヤフが謙虚に読むべきはこうした部分ではないだろうか。

さて、ザ・タイムズ・オブ・イスラエルに紹介されているハーバードCAPSハリスに戻るが、回答者のざっと67%は、人質が解放され、ハマスガザ地区から駆逐されたとき、つまりイスラエルの戦争目的が達成されたときに、停戦が行われるべきだと述べている。しかし、このあたりは曖昧な説明といえるだろう。イスラエルの戦争目的を達成するために、いまのジェノサイド的な方法を採用すれば、それは過剰で不要な殺戮であって、けっしてイスラエルの「勝利」にはならないだろう。それは単なる新たな「犯罪」に過ぎないのだ。

無条件停戦支持が33%であるのに対し67%が人質解放とハマス一掃が条件。これも選択肢としては極端で対照的なものだけが挙げられている


さらに、調査では回答者にイスラエルハマスの好悪を聞いているが、イスラエルについては「好意をもつ」が52%で「ネガティブな印象をもつ」が28%。いっぽう、ハマスについては「好意」が12%で「ネガティブ」が67%である。これもイスラエルという同盟国とハマスという過激派武装集団とを並べれば、イスラエルが好感されていてハマスには嫌悪を抱いているという結果が出てくるのが当然で、そもそもこういう比較が有効なのかはやはり疑問である。


いまのところバイデン政権や国際社会が、戦後ガザ地区を統治させようとしているヨルダン川西岸ラマラのパレスチナ自治政府についての賛否については、支持が17%、不支持が50%だった。回答者の最大多数派39%は、ガザ地区をめぐる戦いが終わった後には、アラブ諸国との間の交渉によって新たな統治機構をつくるべきだとしている。次いで31%がパレスチナ人の政権を希望し、30%がイスラエルによる統治を望んでいる。ネタニヤフ政権が目指していることは3分の1にも達していない。


この世論調査では、いまイスラエルハマス戦争を停戦にもちこもうとしているバイデン大統領に対する賛否も聞いていて、39%の支持があった。しかし、この数値は昨年11月の調査のときより、すでに6%低下してしまっている。なお、この調査は、アメリカ人の2346人に、今年1月17日から18日の間に行ったものだという。

【付記】では、アメリカではなくてガザ地区世論調査を行ったらどんな数値がでてくるのかと思う人もいるかもしれない。これはかなり難しい試みだと思われるが「パレスチナ政策調査研究所」が行った調査から数値が、ジェトロの「ビジネス短信」2023年12月20日付に紹介されているので読んでみていただきたい。その差に(当然とはいえ)愕然とするだろう。同研究所は独立非営利のシンクタンクで、パレスチナ法務省に登録されている。なお、新しいデータのグラフが見つかれば、本文の過去のグラフと変えるつもりだ。