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東谷暁による「事件」に対する解釈論

イスラエル・ハマス戦争がバイデンの再選を阻む?;世論調査から浮かび上がる大統領選の逆説

イスラエルハマス戦争がアメリカの大統領選に意外な影を落としている。バイデン大統領はイスラエルを支持したが、そのいっぽうでイスラエルのネタニヤフ首相に、過度な攻撃は控えるように示唆した。完璧だったように見えたが、このパフォーマンスは曖昧に見えて、当初の目的を果たしていないのではないかとの批判が生まれた。いまのガザ地区の悲惨な状況にも責任があるとのマイナスのイメージが払拭できないのだ。


英経済紙フィナンシャルタイムズ12月22日付は「バイデンのトラブル続きのガザ戦略:アメリカは役立たずになったのか」は、これまでのバイデン大統領のイスラエルハマス戦争への介入を振り返りながら、これからの停戦の実現可能性について、比較的長いレポートを掲載している。

「彼は良き友人だ。しかし変える必要がある。イスラエルはこれまでの歴史のなかで最もコンサバティブになっている。彼らはパレスチナ問題について『二国家解決』を望んでいないのだ」。これは最近のバイデン発言だが、それは10月7日のハマス急襲の直後に、ただちにイスラエルの自己防衛を支持して、ハマスへの「最終的仕事」を遂行することを促したときとは、かなり力点が変わってしまっている。

フィナンシャル紙より


この「二国家解決」とはいうまでもなく、パレスチナ問題を解決するために、イスラエルという国家と、将来的に国家となるパレスチナを交渉主体と認めて、紛争を解決しようとする取り決めである。1993年にノルウェーアメリカの仲介で、オスロで調印されたので「オスロ合意」と呼ばれる。

しかし、この合意は多くの矛盾を含んでいたこともあって、2014年以降は交渉が進展していない。アメリカはこの合意はまだ有効だと主張し続けてきた。しかし、これまでイスラエルに潤沢な軍事および財政支援を続け、国連でもイスラエルの立場を支持するいっぽうで、パレスチナ人の土地がイスラエル人の「入植」によって奪われていることには、あまり目を向けないできた。問題を本気で解決する意欲を見せなかったのに、いまになってアメリカはこの二国家解決を持ち出してきているのである。

フィナンシャル紙より


「しかし、そうしたアメリカの見通しは、最近、ネタニヤフ首相によって公に無視されてきた。イスラエル国内では二国家解決を望む声などないに等しい。(そのいっぽう)イスラエルの政府や政党については国民の深い反感が蔓延しており、政治的な議論についても大きな変革がもとめられている」

では、アメリカの国民はいまのイスラエルハマス戦争やパレスチナ問題についてどう考えているのだろうか。同紙は興味深いグラフを掲載している。「イスラエルパレスチナの紛争では、どちらにシンパシーを持つか」について、まず、全体では半分近くの47%がイスラエルで、パレスチナに共感しているのは20%にとどまる。しかし、年齢、支持政党、人種の違いによって見直すと、なかなか興味深い側面が見えてくる。

紺:イスラエル、水色:両方。青:分からない、赤:パレスチナ


まず、年代別にみていくと、65歳以上では63%がイスラエルなのに、18歳から29歳までの層では46%がパレスチナなのだ。大雑把にいえば歳をとるほどイスラエルへの共感を持つ人の割合が高く、若いほどパレスチナへのシンパシーが高くなる。最近、若いアメリカ人にはパレスチナへのシンパシーが強いという報道があったが、それはこうしたデータでも明らかなわけである。

年齢が高くなるほどイスラエルへの共感が高く、低くなるほどパレスチナ


また、支持政党で見ると興味深いことに、イスラエル支援を含む予算に反対している議員が多い共和党支持者の76%がイスラエルへの共感をもち、民主党支持者はイスラエルパレスチナではほぼ同じく30%ほどの共感をもっている。白人の56%がイスラエルで、ヒスパニックはイスラエルが比較的多く、黒人は比較的パレスチナが多い。パレスチナという分類だけで、ガザ地区を支配しているハマスと、ヨルダン川西岸地区ファタハとの違いが分からないのが残念だが、いまのアメリカ人の見方の一端は垣間見られるだろう。

上から、共和党支持、独立系支持、民主党支持


フィナンシャルタイムズは、こうしたグラフに現れた傾向と政治評論家たちのコメントをもとに、再選を目指しているバイデン大統領のアイロニーに満ちたこれからの選挙を予想している。全体で見ればイスラエルへのシンパシーを持つ人が多いのだから、いまのバイデンのイスラエル支持を強調すればいいように思えるが、親イスラエルが多いのは共和党支持者なのだからそれほどの効果はない。逆にあまりにイスラエル支持を強めると、与党である民主党の票を失うことになるわけである。特に若い民主党支持者や黒人の民主党支持者が離れていく危険がある。

上から、ヒスパニック、黒人、白人


最近、民主党系の調査会社が発見した傾向も、バイデン大統領の再選に大きな不安を投げかけている。バイデンの外交については、わずか32%の有権者が自分たちの見解に近いと考えている。また、イスラエルパレスチナ政策についても、30%の有権者だけが自分たちの見解に近いと考えているという。

こうなると、いまのイスラエルハマス戦争の動向によっては、さらにバイデンは支持を失う危険がある。さらに、ニューヨークタイムズ紙の世論調査によれば、有権者の57%の人がバイデンのイスラエルパレスチナ紛争への対応に賛成していない。いっぽう、46%の人がトランプ前大統領のほうが、よりよい対応をするのではないかと見ている。


「バイデン大統領への支持率は、イスラエルハマス戦争が始まってからの2カ月で、下降傾向を見せつつある。いっぽう、民主党の下院議員たちは、バイデンの外交政策が投票にどのように影響するか、また、この危機がどれほどダメージになるかについて、すでに懸念を表明している」

バイデン大統領のイスラエルハマス戦争への最初のスタンスは、「公的にはイスラエルを支持して、私的には注意深く進めるように促す」というものだった。しかし、すでに他の投稿でも述べたように、そうした戦略は必ずしもうまくいっていない。外交誌フォーリンアフェアズに載った論文ではいまや「バイデンはリスクを取って、率直に語り、そして大胆に行動すべきだ」などと書かれてしまっている。リスクを取ろうとせず、何を言っているのか分からず、そして臆病だと受け取られる政策は有効ではなかったわけである。