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東谷暁による「事件」に対する解釈論

イスラエルとハマスの停戦が提案されている;これ以上の惨禍を阻止するには何が必要なのか

アメリカ、カタール、エジプト、イスラエルの4カ国代表がパリに集まってハマスとの交渉枠組みを協議した。これに対してハマスの政治指導者ハニヤが「検討中」だとの反応をした。もちろん、この検討中は否応のどちらにも転ぶもので、たとえ応じると答えてもそれか何年もかかることがありうる。こじれた戦争の停戦への道程というのは、いつも困難なものだが、では、今回の場合、何が大きな障害となっているのだろうか。


日本では1月31日にあるテレビ局が、「ハマス指導者『提案受け取り検討中』と報じ、6週間の停戦が考えられていると説明したので、もうそこまで来ているのかと喜んだ人もいたかもしれない。しかし、そもそも停戦の提案については、当事者であるイスラエルは乗り気でないし、また、ハマスイスラエル軍ガザ地区全面撤退がないと交渉には応じられないと蹴っ飛ばしていた。(中東情勢に詳しい人は、中見出し「ハマスイスラエルを消滅させ、イスラエルハマスを殲滅」にまで飛んでいただいてけっこうです)。

日本のテレビ局が根拠にしているのは、ニューヨークタイムズ紙電子版1月28日付(プリント版は1月31日付)に掲載された「ハマスの政治指導者は戦闘の一時停止についての提案について『検討中』だと言っている」だと思われ、この「検討中」というのが「studying」だから、「お勉強中」とでも訳せば、なにか小馬鹿にした回答となるが、もちろん、スタディには検討や調査の意味があるから、政治指導者イスマイル・ハニヤは調査検討中であり、本気でないということではない。


イスラエルハマス戦争が始まったのは、昨年10月7日にハマスの部隊がガザ地区から出てイスラエル人を約1200人殺害し、さらに250人ほどを人質にしたことが原因とされている。これは間違いない事実とされ、欧米の新聞は長い記事には必ずこの記述を繰り返し入れている。しかし、ハマスおよびガザ地区住民からすれば、長い間のアパルトヘイト的な封鎖に対して、イスラエルに対して正当な報復をしたと考えている。この点の認識はイスラエルと、ハマスおよびガザ地区住民とではまったく異なる。

しかも、イスラエル関係者の情報では「ハマスはもうまともな戦闘ができない状態」になったというのに、イスラエル軍は「完全に殲滅するにはまだ時間がかかる」と宣言している。アメリカの情報関係者によれば、ハマス戦闘員の殺害はまだ全体の2割から3割だというのに、ガザ地区の建物は2分の1以上が瓦礫と化している。これからさらにハマス戦闘員を住民とともに殺害し、建物を破壊し、ガザ地区の生活環境を破壊していっても、本当に「ハマスを完全殲滅」できるのだろうか。


ガザ地区を廃墟同然にされて戦い続けているハマスが、この先どのくらい抵抗できるかが話題になっているが、いっぽう、世界の最新兵器をそろえたイスラエルにしても、あまりの戦費の上昇で無期限に戦争できるわけではないことが指摘されつつある。英経済紙フィナンシャルタイムズ1月31日付は「イスラエルガザ地区での目的を達成することができるのだろうか」を掲載して、ハマスの殲滅と人質の奪還の2つの目的を、同時に達成するのはもはや難しくなったと指摘している。

こうした状況にあって、戦争そのものの目的が曖昧になりつつあるなか、ともかく停戦に持ち込んで、これ以上の無意味な戦闘を一時的にせよやめようというのは、きわめて合理的な発想といえる。しかし、ここにある戦争それ自体の目的以外にも、それぞれに譲れない要素が大きく膨れ上がっているのが見え隠れしている。

昨年10月7日をすべての出発点として考え、「ハマスの殲滅」を目的としているイスラエルにしても、実はじわじわと戦意が減退しつつある。いっぽう、父祖伝来の地を放逐されて小さな地域に押し込められた復讐のために、「イスラエルの消滅」を誓ってきたハマスにとっても、戦争それ自体の目的以外のところに、多くの停戦への障害が大きく膨らむ状態となっている。

 

ハマスイスラエルを消滅させ、イスラエルハマスを殲滅したい

フィナンシャルタイムズ1月31日付は、速報したニューヨークタイムズに少し遅れて「ハマスイスラエルとの戦闘を6週間やめるとの提案を『検討中』」を掲載し、「カタール、エジプト、アメリカそしてイスラエルの情報部トップが協議した提案は、戦闘グループ(ハマス)の指導者に渡された」と報じている。そして、ひととおり事態を説明した後で、ハマスイスラエル双方のトップが抱いている停戦の「条件」についてレポートしている。

まず、ハマスの政治指導者ハニヤだが、「彼は木曜日25日の発言で、ハマスは停戦提案を検討しており、優先順位を攻撃の停止において、それにたいする対応についての意見を出しつつあると語っている」。もし、これがハニヤの意図を正しく反映しているなら、大いに期待できるといえるだろう。さらに、同記事によれば、ハマスは戦闘の完全な停止に導くために提示されたいかなる「シリアスな」案にも、オープンであるとハニヤは述べたという。


ただし、その条件として、「放逐された200万人のパレスチナ人が自分たちの家に戻ることができ、そしてまた『シリアスな捕虜の交換』ができるためにも、ガザ地区からのイスラエル軍の完全な撤退を求める」ということである。仲介者が付け加えるには、提案にある6週間の停戦を永続的な平和につなげるためには、「他に代替案は存在しないし、そのことが問題なのだ」というわけだ。この言葉を直接に突き付けられたら、イスラエルのネタニヤフ首相は、敗北を認めろと言われたと受け取り、とんでもないというだろう。

では、そのネタニヤフ首相はどうだろうか。「彼は最初からのポジションを固守してきた。つまり、イスラエルの軍隊をガザ地区から引き揚げることは判断から除外してきた。ということは、ハマスと取引して『何千人ものテロリスト』を解放することなど、まったく考えていないということだ」。


ネタニヤフは25日に次のようにも言っている。「そんなこと(イスラエル軍の全面撤退)など起こるわけがない。起こるのは何か? それは我々イスラエルの全面的勝利だけだ」。そして、この戦争はイスラエルが目的を達するまで継続するというわけだ。つまり、「ハマスを殲滅して、人質を全員取り戻し、そしてガザ地区が二度とイスラエルへの脅威でなくす」ことが目的なのである。

しかし、こうした双方の主張はすでに十分に非現実的というしかない。数万人しかいないと思われるハマスが、十分でない武器と弾薬でイスラエル国家を消滅させることができないのは当然として、約17万人いるとされるイスラエル軍をもってしても、現時点でハマスの2割から3割を殺害したにすぎず、ガザ地区の住民をシナイ半島に放逐することは不可能である。こうした計画は戦時体制にある誇大な主張に過ぎないと思うのが普通だろう。


しかし、イスラエルハマスにとっては、必ずしもそうした誇大な主張が単なるプロパガンダにとどまらない。順序は逆になってしまうが、イスラエルのほうから考えてみよう。フィナンシャルタイムズは、いまのネタニヤフ政権に入り込んだウルトラナショナリストについて注意を喚起している。彼らの一人は公然と「もし、イスラエルが戦争をやめて、戦争犯罪者であるパレスチナ人を解放したら、ネタニヤフ政権は崩壊するだろう」と脅している。

特に注目されているのは、国家安全保障大臣イタマール・ベン=グヴィルで、彼はSNSに「時期尚早の停戦=政府の崩壊」と投稿して戦争継続を煽っている。彼はガザ地区を含めて、パレスチナ人の国家などまったく視野にすらないのだ。政権に加わっている右翼政党に近いある人物は「新しい合意によって問題となるのは、無罪放免となるテロリストであるパレスチナ人の数と『性格』だろう」と語っている。つまり、イスラエル社会は、常時、パレスチナ・テロリストに脅かされることになるというわけである。

この観点は、同紙は述べていないが、そのままハマスの内部の問題にも適用できる。ハマスは「二国家解決」に真っ向から反対した勢力によって生み出された。つまり、ハマスという政治軍事集団は、まだないパレスチナ人国家を想定して、ユダヤ人のイスラエルと2つの国家の併存を目指し、この地域の紛争を解決しようとした「オスロ合意」的なものを、全面的に否定したのがそもそもの始まりである。

もし、ハマスの政治的トップがアメリカを中心とする「二国家解決」を進める勢力と「妥協」するようなことがあれば、ハマスの内部に大きな亀裂を生むことになる。原理主義は常に過激派の政治集団にはついてまわる現象だが、イスラエル政府の内部で右翼過激派が妥協を拒否すればするほど、ハマス内部の原理主義的過激派が勢力を持つ可能性が高まる。そうなれば、一時的にせよ試みられている停戦への流れは完全にとまってしまう。


しかし、イスラエルパレスチナについては、昨年10月7日以前から、こうした問題がついて回っていることは分かっていたことだった。いまさら言っても遅いが、そして繰り返すしかないのだが、ハマスの10月7日奇襲が起こったとき、まずはイスラエルに寄り添って、何はともあれ「ハグ」するという外交を展開したアメリカのバイデン政権は、初動の時点で間違ったといえるだろう。

たしかに、ショックを受けているイスラエルに強い同情を示すことは必要だったろう。しかし、その時点でもバイデンは自分の言動が、ネタニヤフに「お墨付き」を与えているものではないことを、世界に向けて強く表明すべきだった。そしてアメリカ軍を派兵しても、この地域の安定を強力な軍事力を背景にして維持すべきだった。確かにイスラエルを訪れる直前に「イスラエルガザ地区を占領するのは間違っている」とは言った。しかし、それが強制に近いことを示す何の行動もなかった。いずれにせよ強大な軍事力による重石が必要だったのである。

いまやバイデン大統領は、イスラエルの問題については、ブリンケン国務長官を矢面に立たせて表に出てこないようにし、国内の「イスラエル・ロビー」を刺激しないようにしているようである。いまからではもう手遅れであるにしても、少しでも大統領選を有利にしたいのかもしれない。しかし、その言動によって、結局、ガザ地区問題の解決に失敗し、中東を混乱の渦の中に叩き落し、おそらくはアメリカ大統領選挙でも敗北に向かうことになる。