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東谷暁による「事件」に対する解釈論

国連職員はなぜハマスの急襲に参加したのか;イスラエル情報機関から米国に渡された報告書から読む

国連パレスチナ難民救済事業機関の職員が、ハマスの急襲に加わっていた。イスラエルによる情報機関文書を根拠に、アメリカを始めとする先進国が救済資金の拠出を停止している。では、このイスラエル情報機関が、アメリカ政府に見せた文書の内容とはどんなものだったのか。その一部が欧米のマスコミで報道されているので、そのまた一部を紹介しておこう。


目にした記事でいまのところ一番長いのが、米経済紙ウォールストリート・ジャーナルの「10月7日の急襲に国連機関の職員が関係していた詳細を情報機関が公開している」で、とりあえずこの記事から、これまで報道されている内容も含めて、要点を紹介しておきたい。イスラエル情報機関の報告書によれば、少なくとも12人の国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)職員が、ハマスイスラエル急襲にかかわっていた。また、ガザ地区の同機関職員の約10%が、イスラム戦闘組織と繋がりをもっているということだ。

UNRWA職員の12人のうち6人は、1200人を殺害した急襲部隊に加わっており、2人が人質を確保するのを手伝い、2人は数十人のイスラエル人が銃撃され殺された現場に来たことが分かっている。他の職員たちは武器調達をふくむ急襲のための兵站に協力していたという。また、この12人の職人のうち、7人は学校教師あるいは助教であり、その中には2人の数学教師、2人のアラブ語教師がいたことが分かっている。


こうした情報は携帯電話の傍聴による追跡や、捕縛されたハマス戦闘員の尋問、殺害されたハマス戦闘員が保持していたモノなどから得られたという。こうした情報はイスラエル政府からアメリカ高官に提供され、この情報によってアメリカやその他の国はUNAWAに対する資金援助を停止することになったわけである。

イスラエルアメリカは共有している情報によって、ガザ地区のUNRWA職員約1万2000人のうち、約1200人がハマスイスラム聖戦とのリンクを持っており、約半分の職員はこうした戦闘集団との密接な関係にあると結論づけているという。(ここらへんの推計がどうなっているのかは報じられていない)この2つの戦闘集団はアメリカやその他の国によって、テロリスト集団として認定されており、ハマスは2007年からガザ地区を支配してきた。

イスラエルの高官は「UNRWAの問題は、単に腐れた林檎で、他は巻き込まれたということではないということです。(腐れた林檎を箱に入れておくと他の林檎も腐るという譬えからだろう)。この組織が丸ごとハマスの過激思想の孵化場と化しているのです」。(ハマスが建てた学校では、その思想に基づく教科書が使われている)いっぽう、UNRWAのスポークスマンは29日、コメントはひかえつつ、組織内部の調査を進めているとだけ述べているという。


情報コミュニティに近い(アメリカの?)2人の政府高官によれば、戦闘集団のメンバーと繋がりのあるUNRWA職員は自分たちを「工作員」のように見なしていて、彼らは戦闘組織の軍事・政治の活動家であるということを意味しているという。また、イスラエル情報機関の報告書によれば、UNRWAの男性職員の23%はハマスにつながっており、ガザ地区の成人男性の15%に比べてもずっと高い頻度ということができる(ここらへんの推計も詳しくは出ていない)。

UNRWAの上部組織である国連のアントニオ・グテレス事務総長は、28日、個人的感想としてだが、「この疑惑事件におののいている」とコメントしている。また、UNRWAのフィリップ・ラザリニは、ガザ地区での救済活動のための資金を、危機状態にあることを知っていながら停止した西側諸国を批判しつつ、諸国に対して人道的支援を停止しないように要請している。ちなみに、トランプ大統領時代にはアメリカは援助を停止して、その後、バイデン大統領が復活させたという経緯がある。


さて、こうしたいま起こっていることを、イスラエル情報機関の報告書(についての記事)に基づいて紹介してきたわけだが、やはり、なぜこんなことになってしまったのか、これまでの経緯を考えないわけにはいかない。英経済誌ジ・エコノミスト1月29日付はそれほど長くない記事「UNRWAは共犯者なのか、それとも不運だったのか?」は、イスラエル情報機関が流している事態の概要を短くまとめたあと、歴史的背景について触れている。


まず、そもそもUNRWAの性格が他の国連機関とはかなり異なっていることを指摘している。1948年にイスラエルが独立した直後に行った戦争によって、パレスチナ難民が約70万人生じたが、その救済活動を行うために設立された。その後、ガザ地区イスラエルによって封鎖される事態となってからは、この地区がほとんど活動の中心となり、封鎖された空間においての住民および支配勢力との結びつきが、密度の濃いものにならざるを得なかったことなどをあげている。(イスラエル側は認めたくないだろうが、ガザ側にいる住民の惨状に対して、職員が同情を持つことは自然であって、不思議でもなんでもないだろう)。

いま起こっている現象を見れば、イスラエル人の多くにとってガザ地区はまるで悪の巣窟のように見えるのかもしれない。しかし、近代だけで見れば、かつてはパレスチナ人の土地であった場所に別の民族の国家を創設し、壁を建設して住民を封じ込め、そこに密度の高い「腐れた林檎」を押し込めたのはイスラエルである。林檎はそのまま腐れるだけだが、生きている人間たちはだまって腐れていくことはない。ジ・エコノミストの記事の最後は、これまでパレスチナ難民の救済活動をしてきたUNRWAの未来は危ういものとなったと記しているが、では、ガザ地区住民の未来はどうなるのだろうか。