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東谷暁による「事件」に対する解釈論

アメリカ空軍がガザ地区に食料投下を始めた理由;バイデンが直面した「飢民暴発」の真実

ようやくアメリカはガザ地区の海岸地域に空から3万8000人分の食糧を投下した。しかし、すでに50万人が餓死の危機に直面している。なぜ、こんなに遅れたのか。この空輸は継続されるのか。イスラエルはまだ邪魔をしているのか。アメリカとイスラエルの関係はどうなるのか。そして、イスラエルハマスの停戦は実現するのか。


3月2日土曜日に、ようやく「アメリカ軍は『ガザ地区の海岸に沿って3万8000人分以上の食糧』を空から投下したと語っている」(フィナンシャルタイムズ電子版3月3日付)。もちろん、日本のマスメディアもこのニュースは報道した。今回の空からの投下のきっかけになった112人の死亡の原因については、ハマス側の見解とイスラエル側の見解の併記が続いているが、アメリカがこの措置に踏み切ったことは大きい。ただし、あまりにも遅いことは否定できないだろう。

今回のイスラエルハマス戦争については、ハマスの急襲により1200名のむごたらしい仕方での殺害を含む犠牲者を生み出し、ハマスは当初240名ほどを連れ去って人質にした(途中、半分ほどを解放して、いまは100名ほどと報じられている)。この事実については、世界の報道機関は共通認識として報じている。ところが、それ以降のイスラエル軍による地上作戦による犠牲については、イスラエル軍国際法の手続きを踏んで攻撃しているとの説がけっこう広まっている。


私はハマスがむごたらしい殺害の仕方をしたということについては、他の戦争についての知識から推測してあり得ることだと思っているが、いっぽう、イスラエル軍が一般市民に対してはビラを撒いて爆撃を予告し、その地域から脱出の機会を与えているから、国際法に違反していないという説は、ほとんど信じがたい。この説の信奉者がいうには、それでも脱出できないのは、ハマスが強制的に脱出を禁じているからで、それはイスラエル軍の責任ではないというのである。

イスラエル側が「暴動」を証明するとして提示した写真。しかし、この状態で食料供給トラックが112人をひき殺すにはかなりの努力と条件が要るだろう。


しかし、イスラエル軍は人質の何人かが戦地で救いを求めたさいにも銃殺している。ハマスがどれくらい「強制的」かはともかく、戦闘が続いている地域において一般市民が安全に脱出することが困難なのは、これまでの世界中の紛争を考えればわかる。ビラをまかれた大戦末期の日本国民のかなりの部分が、強制されたのでもないのにどこにも疎開しなかったことを思い出しても事態は簡単でないことが推測できるだろう。

今回もイスラエルの意を体した「イスラエルは正しい」と主張する本が出ていることに、私はまったく驚かない。そのなかには間違っていないことも含まれている。イラク戦争のさいにも、その正当性を延々と述べた翻訳本が、かなりの規模で日本国内にばらまかれ、私もその書評を依頼されて断った経験がある。その類の本はいかにも常識を取り戻せといった論調でかかれていたが、本来、正当性のない軍事侵攻を肯定するもので、同じネタの繰り返しが多いことでも特徴的である。


しかし、私が驚くのは、その類の本を1冊か2冊よんで、自分の心情やイスラエルをめぐる自分の信仰に合致するとして、何の懐疑をもたないだけでなく、称賛すらしてしまっている知識人がいることである。それではアメリカの「福音派」と同然だろう。戦争が始まればプロパガンダ戦となり、それまであまり評価を受けていなかったような論者が、突如、注目を浴びるということなど、これまで枚挙にいとまがないほどである。どこか極端な議論には、多少は疑問を持つのが知識人の存在理由ではないのか。こんなことは必ずしも少なくないが、自分の近辺で目撃したのにはうんざりした。


さて、今度のバイデン空輸命令についての前後の事情は、どのくらいまで共通認識となっているのだろうか。いちおう、ジ・エコノミスト電子版3月2日付12:00ころの「速報」を紹介していおこう。「アメリカ空軍は約40000人分の食事をガザに投下。この地域では50万人が餓死の危機に瀕している。2月29日、数千人の飢えた市民が救援車を取り巻いたことから暴発が起こった。ガザ保健当局は112人以上が死亡したという。地域当局(ハマス系だろう)はイスラエル兵士が発砲したと述べている。国連によれば、近くの病院に運び込まれた負傷者の多くは銃撃による傷を受けているという」。


こうしたある程度の共通認識から、さらにその先について、あるいははみ出す情報についても紹介しておこう。前出のフィナンシャル紙は「パレスチナ側は、群集が食料に群がったときイスラエル兵士が発砲したと述べている。いっぽう、イスラエル政府は支援トラックに殺到したため何人かが死んだとしている」。バイデンは「我々はイスラエル政府がもっと多くのトラックを促して、援助を必要とする人たちにもっともっと送り届けられるようにしなければならない」と述べている。

「3月1日にバイデンはワシントン政府がいまも6週間の停戦を行うよう圧力をかけていると述べた。この停戦には監獄に入っているパレスチナ人との交換で人質の解放を行うことや、より人道的な援助を含んでいるとのことである」「アメリ国防省のスポークスマン、ジョン・カービーは『空輸による投下は、人道的支援を拡大するもっと大掛かりで長期の一部である』と述べている」。どうも、アメリカ政府はイスラエル政府とは異なる見解をもっているようだ。そうでなければ、ここまで慌てるわけがない。


「バイデンは述べている。『戦火に巻き込まれている無辜の民は自分たちの家族を食べさせることができない。彼らが援助食糧を得ようとした時に起こることを、わたしたちは見ているのだ』」。なおもバイデンはニュートラルな発言をしているように見える。しかし、バイデンは海外で戦うと同時に、国内の政治的圧力にもさらされている。「バイデンが2020年の選挙で勝利を決定的にしたのはミシガン州だった。その州で先日おこなわれた大統領候補選では、約10万人もの『支持者なし』の票が投じられた。それはアメリカ政府がガザ地区でのイスラエルの戦争を支持していることへの抗議票だったといわれる」。バイデンの危機感はガザ地区の一般市民の危機感とはなお隔たりがあるようだ。