HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

国際司法裁判所のガザ地区改善の命令;強制力のない裁定のいっぽうでカウンター情報による反撃

国際司法裁判所は1月26日、イスラエルに対してガザ地区でのジェノサイド的行為を防ぐために、あらゆる措置を講じるよう命じた。しかし、実質的な強制力はまったくないといってよい。事実、同裁判所は戦闘の停止を命じていないし、報道も「シンボリック」な行為でしかないと指摘したものすらあった。


国際法上の問題が起こるたびに、理想主義的な人は悲憤慷慨してみせ、現実主義的な人は冷ややかに反応する。今回の国際司法裁判所の暫定的な命令は、その典型といってよいが、細かいところに着目するとたくさんの「おまけ」がついている。それをいくつか見てみたい。そのことで国際社会の現実を改めて確認し、ガザ問題もまた政治的にしか解決できないことを認識することで、バイデン政権の恐るべき失敗を再説したい。

まず、昨年12月29日、南アフリカ国際司法裁判所に提訴して、ジェノサイド条約にイスラエルが違反しているので、暫定的措置を命令するように求めた。実は、もうこのときから手続きとして大いに問題含みだった。イスラエル国際司法裁判所による審議の対象とされる(応訴する)ことを無条件に認める宣言を行っていない。

したがって、同裁判所が何かを命じることに従う義務は最初からない。ちなみに、南アフリカも無条件な応訴を宣言していないので、これは提訴できないわけではないが、イスラエルに「法的根拠がない」といわれても(実際にそういわれた)、仕方のない暫定措置の要求であることを印象づけるものだった。


また、もしイスラエルがこの件について応訴したとしても、国際司法裁判所は自らの命令を強制する手段をもっていないから、暫定的であろうと最終的であろうと、イスラエルが従うなどということがないことは最初から分かっていた。同裁判所は通常、案件について、同裁判所が審議する権限をもっているかを検討する。今回の暫定的命令につてはその権限があるとしていると報じられているのだが、いったいどうやったらその権限が生まれるのか、その点を情報機関は細かく伝えていない。

念のために断っておくが、私はそれを「ジェノサイド」と呼ぶべきかはともかくとして、いまの一般住民を大量に巻き込むやり方でのハマス攻撃は、人道的観点からしても、また、パレスチナ人の歴史的な根拠に基づく権利の観点からしても、さらには、今後のイスラエルの国際的な信用維持のためからしても停止すべきだと考えている。


さて、こうした問題が横たわっているのに、なぜ、国際司法裁判所はこの案件について審議を行って、暫定的とはいえ効力のない命令を下したのだろうか。単なる存在意義の主張だろうか、それとも人道的に考えてやむにやまない行為だったのか。この点について、英経済誌ジ・エコノミスト1月26日付は、今回の「ジェノサイドへの誘因を阻止し罰する」ための暫定的命令に賛成した国際裁判所のイスラエルの法学者アーロン・バラクによる次のような個人的見解を紹介している。

「ジェノサイドであるという可能性はないと私は確信しているが、私はこの措置によって緊張を低下させ、そしてダメージのあるごまかしを妨げるという希望に期待するつもりで同意の票を投じた」。もちろん、バラクはおそらく「法的根拠のない」とイスラエル政府がいう国際司法裁判所の命令に加担したとして、同国人によって批判されることは覚悟したうえでの行為だったのだろう。


同誌は今回の暫定的命令にはもうひとつの狙いがあったと指摘している。それはイスラエルのネタニヤフ首相である。「ネタニヤフ氏の戦争における行動はガザ地区における人道的危機と飢餓の蔓延に関係している」。国際司法裁判所は健康維持の崩壊、飲み水、さらには状態悪化の危機が、ネタニヤフ政権のやり方に大いに責任がある。「イスラエルは援助がガザ地区にもっと到着できるようにすべきたという国際司法裁判所の命令は、先ほどのバラク氏によっても支持されているだろう」。

しかし、ネタニヤフはそうした内容以前に、南アフリカの提訴とそれを受け入れた国際司法裁判所の行動じたいを「違法であり恥ずべき行為」として批判している。さらに、この同裁判所による暫定的命令が発せられる直前に、国連パレスチナ難民救済事業組織のメンバー数人(12人という説もある)が、昨年10月7日のハマスによるイスラエル急襲に加担していたとして解雇される事態が起こった。英経済紙フィナンシャルタイムズ紙1月27日付によれば次のとおりである。

「この国際司法裁判所の裁定が金曜日(1月26日)に発表されるまさに直前に、国連パレスチナ難民救済事務機関が、ハマスの急襲に加わったと疑われている数名の職員を解雇したと発表した。同機関はイスラエルから情報提供を受けたあと検証するよう命じたと述べているが、そのいっぽうで、アメリカがそれまでの機関への援助費を停止すると同時に、10月7日の急襲に同職員の12人が加わっていることへの疑念も付け加えたという」。


これはどう考えても、国際司法裁判所の暫定的命令を意識したもので、イスラエルアメリカは同裁判所の命令が発せられるタイミングを狙って、この新しい事実を世界に発したとの疑いがぬぐえない。もちろん、この情報が何らかのエビデンスに基づいたものである可能性は高いが、その細目はまだ一般の報道機関には公表されていない。国際司法裁判所からの実効性のない暫定的命令に対して、イスラエルガザ地区攻撃の正当化を強調するカウンター情報というかたちでの、情報戦といえるのではないだろうか。


こうして見てくれば、アメリカのバイデン政権が発信している「二国家解決」の支持と、人道的配慮ある戦いといったメッセージは、ますます疑わしいものに思えてくる。アメリカはこの時点で、イスラエルへのさらなる「ハグ」をするべきではないだろう。ひょっとすれば、パレスチナ難民救済機関の職員加担の情報も、アメリカは早くから得ていた可能性もある。バイデンはもはやトランプに勝てないことが明らかになってきているのに、まだ、一縷の望みにすがって、本気でガザ地区問題の解決を図ろうとしていないことがあきらかである。

前出のジ・エコノミストは、このままでは国際司法裁判所が下した命令は、無効であるだけでなく、かえって逆効果になる危険があると指摘している。「この裁定はジェノサイド条項と国際司法裁判所を弱化してしまう危険性を生み出してしまうかもしれない。つまり、この裁定はジェノサイドを、将来的にやめさせるのに障害になってしまうかもしれないのだ」。

【付記】ジ・エコノミスト電子版1月27日付の速報は、国連パレスチナ難民救済事業組織への財政支援をアメリカに同調して停止する国が増えていると報じている。オーストラリア、カナダなどの国である。いっぽう、アイルランドは別の考えをもっているようだ。「同国の副首相は我が国には財政支援を停止する計画はない。ただし奇襲に連なったいかなる人間に対しても反対する行動に対しては支援してきたとも述べている」。アメリカなどの反応は、どのような事実や証拠を手にしていないか公表していない点で、あまりに政治的だろう。