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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ガザ地区はハマスもイスラエルも支配しない;ガラント国防相が提示した「戦後」プランの内容と実現性

イスラエスのガラント国防相が発表した、戦後におけるガザ地区の統治案が話題になっている。イスラエルが占領せず、もちろんハマスによる支配でもなく、イスラエルパレスチナ自治政府、エジプト、アメリカを中心とする多国籍軍が共同で秩序を維持するというものだ。ガラントはアメリカの支持をとりつけているのではないかと思われるが、ネタニヤフ首相および宗教的右派との閣内闘争が激しくなりそうだ。


英経済紙フィナンシャルタイムズ電子版1月5日付は「ヨアブ・ガラントは戦争終結後にイスラエルの統治は行わない案を提示した」を掲載した。ガラント案は文書のかたちで提案したもので、「イスラエルハマスを掃討したのちもガザ地区を統治しない」というので注目されている。ネタニヤフ政権がハマスに対する作戦の継続を議論する直前に公表された。これは「戦後」にやってくるイスラエルの指針を提案するものであり、ネタニヤフ政権の閣内分裂がさらに激化したことをも意味する。

「ガザの住人はパレスチナ人であり、したがって、イスラエル国家に対する敵対あるいは脅威がなくなったときには、パレスチナ人の統治機構がその任にあたることになる。ハマスはガザを統治しないし、また、イスラエルもガザを統治することはない」


同紙はこれまでの戦争の経緯と、ガザ北部の脅威、同南部の避難民の状況について触れた後、このガラント案がイスラエル政府のものでないことを強調している。それは当然で、ネタニヤフ首相はアメリカが示しているパレスチナ人の統治案に対し拒否をしてきた。しかも、閣内には宗教的右派が存在しており、その1人スモトリッチ財務相イスラエル人による「入植」(つまり、パレスチナ人の土地の収奪)の再開すら主張しているのである。「ガザ地域の未来については、政権内に深い亀裂がある」。

そのいっぽう、すでにネタニヤフ首相の政治的生命はほぼ終っているといってよい。イスラエル民主主義研究所が12月25日~28日に実施した調査では、戦後におけるネタニヤフ続投を支持したのはわずか15%にとどまり、現在の戦時内閣に参加しているガンツ前国防相への支持が23%となっている。ネタニヤフと同じ政党リクードに属するガラントは、ネタニヤフとはしばしば対立し、2023年3月には国防相を更迭させられかけたことがある。ガラントはここで連立の構成を変えることで、リクード政権の維持あるいは影響力の維持を考えているのかもしれない。


ガラントの案は彼の事務所から発表されていて、前述のようにネタニヤフとは立場を異にしており、その意味ではまだ「私案」といってよい。同紙によれば「ガラントのビジョンは、まだ政府の案ではなく、4つの勢力によってガザ統治が行われることになっている。イスラエルパレスチナ暫定政府、エジプト、それと多国籍軍アメリカを含む)である」。つまり、パレスチナ人の統治が可能になる以前に、4つの勢力によって秩序が回復されるということである。

ガラント案では、ガザ地区はこれまで存在した統治メカニズムに基づいて、新しい秩序が生み出されることになっているが、「その具体的な構成については細かいことは述べられていない」。ただし、4つの勢力のうちの「多国籍軍アメリカ軍によって指揮されるべきであり、他のヨーロッパや周辺地域の軍隊が参加することになる」と付け加えているという。ということは、パレスチナ人による統治に移行するまでの間、アメリカ軍が中心的な秩序維持者となることが前提であるといえる。


このガラント案は、直接の関係はないと思われるが、このブログで紹介しておいた、歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリのプランと似ている。彼は昨年10月、ハマスの奇襲が行われてから数日後に「これは可能性は低いと思うが」と断りながら「アメリカ、EUサウジアラビアパレスチナ自治政府からなる有志連合を結成し、ガザ地区の支配権をハマスから奪い、この地区を再建すると同時に、ハマスを完全武装解除して、この地区を非武装化する」と語っていた。とりあえず秩序を回復しようとすれば、こうした過程が必要だということなのだろう。

これからのイスラエル国内においては、政権の構成をめぐって暗躍や取引がさかんになると思われる。完全比例代表制を採用しているこの国において、絶対的多数派を形成することは事実上無理で、ネタニヤフが帰り咲いたのも、この制度を利用したからだ。しかし、その結果、極端な主張をする宗教的右派を含む政権となった。なかには比例代表制は廃止すべきだという論者もいる。しかし、そんな時間はない。ガラントの案も、たとえアメリカの支持を取り付けていたとしても、すんなりと実現するとは思えない。