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東谷暁による「事件」に対する解釈論

やっぱりバイデンとトランプで戦う米大統領選;評判の悪い者どうしの危機的な選挙になる

アメリカ大統領選はいよいよバイデン大統領とトランプ前大統領との戦いになる。他の可能性はほとんどないといってよい。民主党がこれから新しい有力な候補を見つけたとしても「もう、遅すぎる」。そして共和党がトランプ以外の候補になる可能性は、トランプが最高裁によって排除でもされなければ(これはまずありえない)「もう、まるでない」のである。結局、「評判の悪い者同士」の選挙が始まる。


経済誌ジ・エコノミスト電子版1月4日号は「バイデンが大統領に再選されるチャンスはありそうにない。民主党にはプランBがない」を掲載している。これまでも言われてきたことの集大成といってよいが、同誌の特徴である「グラフ化」で頑張ってくれていて、それを見るだけでもなかなか興味深い。いろいろ解釈できそうなグラフを紹介しながら、この世界的イベントを考えてみよう。

トーンとしてはタイトルで分かるように、バイデンが(当選の確率は低いのに)立候補せざるをえないことを嘆くというものだが、内政ではインフレ率が昂進するにもかかわらずなおも財政を拡大し、外政ではウクライナおよびガザ地区問題での大きなミスという失態を思い出せば、もうお引き取り願ったほうがよいと思っている人は、国内にも世界にも多くいるだろう。問題はその対立候補がこれまた問題児のトランプだということである。


まず、基本的なデータを思い出してみよう。調査会社リアルクリアポリティクスのデータによれば、バイデンはトランプに支持率で2.3%差をつけられている。これは大した差ではない思う人もいるかもしれないが、2016年の選挙のさいトランプはヒラリー・クリントンに7%差をつけられていたことを思い出せば、とてもバイデン支持者が安心できる数字ではない。トランプは終盤戦が強い。2020年にもトランプは同時点でバイデンに2.5%遅れをとっていた。これを逆転できなかったほど失策が多かった。ところが、今回はすでにリードしているのである。

しかも、バイデンにはもっと困った現象がある。先行きが不確定だが選挙を左右するとされてきたアリゾナジョージアネヴァダ、ペンシルヴァニア、そしてウィスコンシンのすべての州で、いまの時点ですでに数%バイデンはトランプに後れをとってしまっているのだ。いつもなら、先行する候補もバラバラだったのに、「これはどうなるかは分からない」という戦場において、明確にすべてで前哨戦を落としているのである。


こうなってしまった背景には、バイデンの属するアメリカ民主党(およびトランプの共和党)に対する有権者たちの「意識が変わってしまった」ことが挙げられている。「いまのトランプの強さを知るには、広範な政治的変化があったことを理解する必要がある。政党への忠誠心というものは、ガチガチに固定したものだと思うかもしれないが、実は、それはいまや流動的になってしまっているのだ」。この点は、もっと突っ込んで具体的に論じた方がいいだろう。同誌は次のようにデータ的に指摘している。

「2016年にトランプを勝利させたのが、白人の労働者階級だったことを思い出すべきだ。そして、このときから、非白人の労働者階級も同じようにシフトするようになった。2016年から2020年にかけて、ヒスパニックは民主党に対する忠誠的姿勢から、なんと18%も共和党に移行したのだ。そして黒人層も民主党からばらばらと離れつつある。白人の高学歴者だけがこれまでとほぼ同じ傾向をもっている」


ジ・エコノミストは同月5日号にも「バイデンとトランプを比較するために10個のチャート」を掲載していて、データから読み取れるかぎりでは、バイデンの任期のほうが改善していると述べている。この10個のチャートとは、インフレ率、収入、雇用、連邦政府財政赤字、株式市場、殺人事件発生率、再生可能発電量、原油生産量、非合法的移民、そして最後が大統領支持率である。


同誌は、明らかにバイデンの任期のほうが5つの分野で上回っており、トランプの任期ではわずか2つの分野で優位に立っているにすぎないのに、なぜ、最後の支持率でバイデンがトランプより下落率が高いのはなぜだろうかと首をかしげている。それで同誌が「これだ」と原因として挙げているのが、2人の年齢比較である。

「そこにはバイデンの高齢という要素がある。公的サービスの(長い)人生の後に、彼は大統領として最初の数年で、ほとんどの人が想像できないほどの業績を上げている。にもかかわらず81歳という年齢によって、世界でもっとも大変な仕事をもう4年続けるのは不可能だと警戒しているのだ」


しかし、まず、世界およびアメリカの状況がそれぞれの任期で異なるのに、なぜ数値データだけで比較できるのだろうか。そもそも、殺人事件と大統領の良し悪しというのは関係があるのだろうか。(たとえば、ワシントンポスト紙1月7日付では、殺人事件が減ったのはコロナ・パンデミックが終わったお陰としている)また、再生可能な発電というのは大統領の仕事としてそれほど大きいファクターなのか、これについては議論の余地があるだろう。そうしたことより決定的なバイデンの失敗は、自然にやってくる年齢ではなく、有望な後継者を民主党のなかに生み出せなかったことではないのだろうか。あえていえば、トランプだって77歳で次の任期の終わりには81歳になるのだ。


前出の長いレポートの最後は次のような締めくくりになっている。民主党の政権スタッフたちが新しい候補者の話をしたがらない(話をそらしてしまう)と指摘しつつ、「彼らが意味しているのは、バイデン以外のプランBがないということなのだ」。しかし、後継者は年齢のように時間の経過によって自然に生まれてくるのではない。それは先輩たちや周辺の人間たちの、さまざまな絶え間ない工夫によって育てられるものだろう。


バイデンという大統領は女性票を求めてハリスを副大統領にしておきながら、彼女を引き立てるような場をまるで与えなかった。では、他に意中の人物がいたのかといえば、そうでもなかった。単に自分がずるずると大統領を続けたかっただけなのである。それは世界に最大の影響を持つ米大統領としてはあまりに自己本位な姿勢であり、国民がそのことをもっと攻撃しないのは敬老精神あるいは武士の情けといってもよいだろう。


ある意味で繰り返しになるが、つけくわえれば、民主党じたいが「弁護士と金融界」のエリートからなる、庶民を裏切っている連中だとみなされるようになったことが大きい。これはクリントン夫妻に典型的にみられるように、確かに立志伝中的かもしれないが、法曹界と金融界と結んで利益を得ている鼻持ちならない人たちの集団というイメージは、いまや払拭できないものとなっている。トランプの攻撃対象はこのイメージであり、有権者の支持政党が流動化したことと深く結びついている。それはグラフでも明らかなように「大学出の白人」だけがいまも拒否し続けている現実なのである。