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東谷暁による「事件」に対する解釈論

イーロン・マスクの変身がもたらす危機;彼は最高破壊長官となって米国と世界をぶち壊す

イーロン・マスクがトランプ政権に入ることで、いったい何が起こるのか。世界一の富豪と世界一の暴君が世界を最大限に破壊するのではないかという心配はもっともである。しかし、未来の自動車市場ひとつとっても二人はまったく異なるイメージをもっている。そもそもマスクがそのトップに就くことになっている「ドージ」とかいわれる諮問機関も、果たしてちゃんと機能するのか分からない。実は、何もそこに確かなものはなく、予想不可能の混沌だけがあるのだ。


経済誌ジ・エコノミスト11月21日号は「最高破壊長官」と銘打って、イーロン・マスクの大特集を掲載している。ここではマスクがどのようにして反トランプの立場から親トランプの立場に変容を遂げたかを分析し、そしてその結果として生まれる危険や影響を予想している。マスクは自分の所有するXで自分の意見を常時発表してきたが、その変化はどのようにして生じたのかについてのレポートなども興味ぶかい。

ジ・エコノミストイーロン・マスク特集


まずは先に結論から紹介しておこう。イーロン・マスクがトランプ政権に入ることで生まれる危険は何か。第一に挙げているのは、「縁故主義汚職が蔓延する」危険だという。トランプは「経済国家主義」といってよいような経済政策を展開すると思われるが、マスクはその権力の中心近くにあって、ビジネスにおいてライバルの足を引っ張ることが可能になるだろう。それどころが、政権に入っただけで彼のビジネス規模は急拡大した。すでに9月から今まででマスクの事業総額は株式の高騰があって50%も上昇しているほどなのだ。

マスクはこの二年ほどツイッターのヘビーユーザーとなった


第二に、「マスクは専門分野以外では大きな失敗をする危険がある」。すでにウクライナスターリンク衛星についてはサービスを自分の判断で管理したり、台湾をハワイになぞらえたりと、こと外交問題については、とてもではないが適切な判断は期待できない。そもそもテスラの生産の半分を占める中国に、すでに500億ドルの個人的投資を行ってしまっているから、トランプの対中国経済外交とは大きな齟齬が生まれると予想されている。

第三に、「マスクとトランプのコンビはただでさえ爆発しやすいので、政権が始まる前に決裂する危険を含んでいる」。マスクはシリコンバレー的なリバタリアニズムとテクノユートピア主義の申し子だが、いっぽうトランプはMAGAナショナリズムの権化であって、この二つの融合はどう考えても不安定な未来を抱えている。たとえばトランプがあくまで中国を経済制裁し続ければ、それだけでマスクは損害をこうむる危機に瀕するのである。

以前は自分のビジネス関連だったが、最近は政治そのものにも目が向いた


では、こうした問題を深刻に受け止めて、二人が早めに決裂すればよいのだろうか。その場合でも残ってしまう大きな問題が二つあると同誌は指摘している。ひとつの影響は「政治家が政治改革から遠ざかってしまうこと」だという。マスクの登場でこれまでにないほど財政改革には注目が集まっている。それがいいかげんなまま短期間に失敗してしまえば、財政改革を試みようとする真剣な努力が生まれなくなってしまう。

もうひとつの影響は「政治家と大物実業家との共謀が常態化してしまうこと」だという。国家が貿易、産業政策、テクノロジーに関与を深めれば深めるほど、巨大なビジネスによる国家乗っ取りの誘因は増大している。すでにトランプの手法は、政治と経済の間に生まれる利益相反を防ぐはずの制度や慣行を、果てしなく弱体させている。ここでビジネス界の大物が政治家の利益相反を生じさせる試みに協力してしまえば、アメリカは大きな損失を受けることになる。


冒頭で触れたイーロン・マスクによるツイッターおよびXへの投稿については、投稿の回数と投稿の分野からだけの分析では明らかになることは多くない。しかし、同誌が次のように結論づけていることから、逆説的にわたしたちはいまアメリカで、そして世界で起きていることに改めて気が付くことが可能となっている。その結論は次のようなものである。

「マスク自身の投稿を見ると、ここ数年の関心の変化が明らかで、ただひたすらに集中しているのは投稿行為そのものだけなのである。彼は世界中で誰よりも金持ちであり、最もトランプ次期大統領が耳をすます相手かもしれないが、一般の観察者からすれば、政治的には右傾化し、ネットで多くの時間を過ごし、移民について不満をいい、リベラル派を嘲笑する、他の50歳代のアメリカ男性をほとんど変わらないのである」


これはジ・エコノミストの立場からすればいかにもありふれた、保守化、SNSへの傾斜、移民への反感、リベラル派への嫌悪ということなるわけだが、次のようにも言える。口先ばかりで内外の問題をまったく解決できない米民主党からの離反、おためごかしの主流メディアへの反発、安い労働者を得たいため既存の労働者をないがしろにする民主党政府への憎しみ、そして総じてリベラル派のもっている自己欺瞞への軽蔑。それらはアメリカだけではない、日本でも同じように進行している、国民の大きな不満のはけ口の膨張現象なのである。そして、それをマスクは自分の政治的影響力とビジネスを好転させるために、ちょっとばかり金と手間を投入しているだけなのだ。