元アメリカ大統領が有罪評決を受けたのは史上初だというのは本当だろう。そして、その理由の正当性も十分あるように見える。しかし、この評決はアメリカの法制を強化するものでも、世界に正義を回復させる行為でもないように思われる。なぜなら、いかにトランプ元大統領がゴロツキであろうと、裁判を選挙運動に絡めたアメリカ民主党勢力のやり方は、その正当性を著しく疑わしく見せてしまっているからだ。これがアメリカか? そう、「これがアメリカなのだ」。
評決が行われた直後の報道で、かなり懐疑的な論調を示したのが英経済誌ジ・エコノミスト5月31日付「元アメリカ大統領の不名誉」だった。サブタイトルは「しかし、この裁判は方向性として間違っており、困った副産物を生み出すだろう」というもので、いまのアメリカの大統領選に露呈した、この国の腐敗ぶりを法の側面から指摘しているといえる。
まず、すでに日本でも報道されているので確認となるが、これでトランプが大統領選に出られなくなることは、ほとんどない。それどころか、彼が監獄にすぐに放り込まれるわけでもないのだ。これまでの反トランプ層に、いかばかりかの活気を与えることは確かだが、半面、親トランプ層や熱狂的トランプ支持者に、ほとんど宗教的な確信と情熱を与えてしまうことになるだろう。
この裁判は状況からみて、どう考えても民主党系の法曹界の連中が企画したもので、最初は検事を引き受ける者がいないというので取りやめの話もあったらしい。ところが、民主党員でもあるマンハッタン地方検事アルビン・ブラッグが「トランプを有罪にするのに適任なのは俺だよ」と放言したことから、急遽、彼が担当することになったという経緯がある。これだけでも、この裁判が「バイデン一味の政治的迫害行為」だとの説に根拠を与えるだろうと、ジ・エコノミストは憂慮している。
さらに、ブラッグ検事はトランプを起訴するにあたって、もともと軽犯罪の範疇にある「経費の偽造」を、別の違法行為と組み合わせて34もの起訴事項を組み立て、重罪の疑惑に仕立て上げることに成功した。今回の陪審員は12人がすべて34件について有罪との判断をしたわけだが、ポルノ女優を黙らせるための経費の偽造が、恐ろしい重罪になるにあたっては、こうした「工夫」があったことも、同誌はかなり懐疑的に見ている。
もちろん、トランプ側は控訴するに決まっているが、この裁判を控訴するにあたって、理由をいくつも並べるのは、同誌が指摘したことだけ考えても、少しも難しくないと専門家たちは見ているという。ということは、その控訴が決着するのは「大統領選挙のずっと後になる」。そして「トランプの支持者たちは、自分たちが支持する大統領候補が、偏見をもった裁判官と陪審員たちの犠牲者だという主張をさらに受け入れやすくなる」。
もちろん、わたしはトランプが立派な人だと思ったことはないし、また、イスラエル・ロビーに属する集団が配っているDVDに表現されているような、家族を愛し、アメリカの栄光をもたらすために、日夜努力している聖人のような人物であるわけがない。女性をモノであるかのように冷酷に扱い、問題が起これば腐るほどある金で決着させ、貧困層をたくみに欺いて、不当にも大統領に成り上がった、とんでもない極悪非道の人間といってよいだろう。
そしてまた、このゴロツキ政治家に対抗している現大統領が、二流の政治家であるだけでなく、無理筋の超高齢再選を得たいために、イスラエルのガザ地区ラファに対する非人道的攻撃を「正当」と叫んでみせる、せこく狡い人間だと思っている。わたしは、ICCとかICJとかの判断が、日本の一部の報道機関のようにすべて正しいという前提はもっていないが、イスラエルに不利な判断を示したときの、あのバイデンの怒り具合こそが彼の本質だと推測している。彼は自分の再選が危なくなったと感じたのだろう。
つまりは、いまのアメリカは極悪非道の人物と、せこい非人道的人間しか、大統領として選択肢がないのだ。これではなるようにしかならない、それこそアメリカ始まって以来の初めての出来事ではないのか。来年からの4年間は、アメリカと世界にとって、それこそ史上初といってもよい、どこからみても不適格者がアメリカ大統領を務める時期となる。そのことだけは肝に銘じておく必要があるだろう。