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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ライシ大統領の死は暗殺ではないのか;絶対的な敵は内にも外にもいた

イランのライシ大統領が乗っていたヘリコプターの墜落で死去したが、いまやこの事件の奇妙さが、世界中の関心の的となっている。なぜ、ライシ大統領は危険を冒してヘリコプターを用いたのか。なぜ、外務大臣と同じヘリコプターに乗っていたのか。なぜ、この不穏な時期に隣国とはいえ防御の甘くなる国外に出かけたのか。そして、もしこの死が暗殺だったとしたら、暗殺したのは誰なのか。


こうした問題を考えてみるのに、多くのヒントをくれるのが英経済誌ジ・エコノミスト5月20日付(19日付をアップデート)の「イラン大統領の死は問題の大国に火をつけた」である。順序は逆になるが、同記事には次のようなくだりがある。「もしライシ大統領を殺したのが国内の宿敵だとしてもイラン人は驚かないだろう」。そして、「もしライシ大統領を殺したのがイスラエルでもイラン人は驚かないだろう」。

まず、国内のほうから簡単に説明しておこう。いま、イラン国民はライシの死に対して喪に服しているということになっているが、同誌によれば「心から哀悼の意を示している者はほとんどいない」という。なぜなら、この大統領はきわめて「不人気」な大統領だったからだというのだ。その不人気の理由のひとつ目は、1988年の裁判において検事を務め、何千人もの政治犯を次々に絞首台に送って「絞首刑判事」と呼ばれたという。


また、大統領になるプロセスがかなりいかがわしいもので、国民に愛されたからとか、人徳があるとか、政治力があるとかではなく、最高指導者ハメネイ師への忠誠心が強く、独自の権力的背景がなかったので「保守派にとって使い易かったから」だという。そして、イラン内の勢力地図のなかで消去法的に大統領になってからは、経済政策の失敗で国民の生活水準を下落させてきたので、誰もライシを立派な政治家だとは思っていないというのである。

いっぽう、イスラエルが暗殺したとしても驚かないとは、どういう意味だろうか。これはむしろ簡単で、イスラエルはこれまで敵対する勢力の要人を暗殺してきたからで、もちろん、イランの要人もイスラエルによって暗殺されている。まさに少し前にダマスカスにおいてイランの将軍が殺害されているのだ。とはいえ、同誌によれば「人気のないライシ大統領を暗殺しても、そのリスクに見合う成果が得られるか疑問」だとして、今回の死去にはイスラエルが絡んでいないのではないかと推測している。

同誌は明示的には述べていないが、論理的には、もし暗殺だったとするなら、国内の絶対的な敵の差し金ではないか、と言っていることになるだろう。ただし、同誌が奇妙なのは、敵対国として、イランやサウジアラビアとならんでアメリカを挙げておきながら、アメリカによる暗殺の線はまったく触れていないことだ。いうまでもなくアメリカは近年もソレイマニ司令官や核科学者ファクリザデを暗殺(これはイスラエルとの共謀との説もある)しているから容疑者としては外せないところだろう。


実は、この記事の中心的テーマは、最高指導者ハメネイ師の後継者とも目されたライシ大統領が死去したことで、後継者争いはどうなるかということなのである。同誌によれば、これまで後継者の有力候補は二人いて、ひとりがライシであり、もうひとりがハメネイの次男でイラン革命防衛隊をパワーの背景としているモジタバだったという。

このまま対立候補が登場しないかぎり、モジタバが後継者となってしまうが、そうなれば、最高指導者の選出が世襲制になってしまうという懸念がある。さらに、これまで宗教勢力と軍事勢力でバランスをとってきたイランの権力構造は、一気に軍事勢力に傾くのではないかという。「そうなれば、対内的には宗教勢力は弱まるが、対外的には強硬姿勢が目立つようになるだろう」と予想している。

しかし、この記事全体の構成からいっても、果たして今回のライシ大統領の死がどのようなものだったのかは、きわめて大きいファクターであり、そのいかんによってはハメネイ師の後継者を決定づけ、国際パワー構造をも変えるものになるように思われる。その意味でも、今回のヘリコプターの墜落を、フィナンシャルタイムズのように簡単に「軍備の老朽化」と決めつけずに、しっかりと国連などが調査する必要があるのではないだろうか。