なぜイスラエルはガザ地区への地上戦を開始しないのだろうか。地上戦の準備はほぼ整えたと言っているのだから、これまでの経緯からすれば先制したほうが有利なのではないのか。いま指摘されているのは、実は地上戦というのは、ウクライナでも明らかなように、攻めるほうに厳しいもので、とくにガザには特別な事情もあるということだ。いくつかの視点から考えてみよう。
興味深かったのは英経済誌ジ・エコノミスト電子版が10月23日朝(日本時間)に速報として、地上戦を始めない理由を推測した「イスラエル防衛軍は待っている」を載せたことだ。なんで速報なのに、まだ起きていない事件が起きない理由を報じるのだろうか。速報というのは突然起こったことを告げるのが普通ではないのか。おそらくジ・エコノミストのほうが侵攻を「待っている」のであり、多くの読者が「なぜ地上戦を始めないのか」といらだちをつのらせているのである。
「遅延には理由がある。第一に、イスラエル軍が侵攻する前にガザ地区の一般市民をなるべく多く危険な場所から移動させ、人道支援の供給をしたいということがある。第二は、ハマスによってガザ地域に囚われている210人の人質が、全面的に侵攻する前に解放される希望が残っているからだ」
同誌はこのように述べたあとで、付け足しのように「さらにはヒズボラによるイスラエルに対する北からの攻撃が第二戦線を開く可能性があること、また、ネタニヤフ首相に全面的な戦争に突入してしまうことに躊躇があることも考えられる」と述べている。ヒズボラはシーア派でイランからの支援を受けているから、イランが代理戦争のかたちで参戦する可能性がある。ネタニヤフの人気は戦時体制になっても低く、イスラエル世論を説得できるかは大きな問題だ。
では、イスラエルを支援しているアメリカのバイデン政権はどのように考えているのだろうか。ヒントになるのは10月22日にABCテレビに出演したオースティン国防相のコメントで、オーティンは「ガザ地区からハマス排除のための軍事作戦はイスラエルにとって困難なものになる」との見通しを語っている。
というのも、「この地区は人口密度がきわめて高く、市街地なのだから」であり、こうした戦場での作戦はそもそも「きわめて困難」で、ハマスは膨大な地下トンネル網を使って動き回るので「ゆっくりとしか前進できない」というわけだ。このいずれの問題もハマスとの戦闘を続けてきたイスラエル軍が知らないわけはなく、オースティンはネタニヤフに代わって解説しているようなものだろう。
同番組でのオースティン発言で、もうひとつ注目すべき点がある。というか、こっちのほうを話すため出演したのだろう。それは、いま派遣している空母2隻は、あくまで攻撃されたとき「自己防衛」として戦力が発動されるということである。「敵の巡航ミサイルがアメリカの空母や駆逐艦に向けられたときに、いずれの場合も自らを防衛するために必要な処置をとることになるだろう」というわけだ。
先週にはイスラエルに向けたミサイルがイエメンから発射されたが、アメリカ海軍が撃墜している。同じようにハマスを支持するイスラム勢力が「アメリカあるいはイスラエル」をミサイルで攻撃すれば、それに対してアメリカの空母や駆逐艦は「必要な処置」を行うというのだが、この場合、アメリカの艦船については分かるが、イスラエルの防衛がなぜ「自己防衛」になるのだろうか。実は、二国には軍事同盟は存在していないのだが、「戦略協力合意」というものがあり、アメリカからイスラエルへの援助が膨大であることは間違いない。ともかくオースティンは、次のように念を押している。
「どんなグループあるいは国家でも、ハマスとイスラエルの戦いに便乗して戦火を拡大し、自らの勢力を有利にしようとしている者に対して、われわれのアドバイスは『やめておけ』というものだ。われわれには、自分を守る権利があり、適切な措置を取ることに躊躇などしないのだ」
今回も中東において「戦略合意協定」を根拠に、イスラエルの戦いはアメリカの戦いだと、無理やり述べているにほかならず、ウクライナ同様にこの紛争はアメリカの代理戦争になる可能性もある。しかも、それは自己防衛の権利行使のかたちを取りたいというわけである。これはネタニヤフもそう考えているのかもしれない。しかし、それではオースティンのコメントは何の抑止にもならず、むしろアラブ勢力を刺激していることになるだろう。もう戦略は破綻しているのである。そして先ほど述べたイスラエルのネタニヤフ首相の「躊躇」も、アメリカと共同の「防衛戦争」にどこまで依存してよいかを、じわじわと推し量っているという意味になるのではないのか。