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東谷暁による「事件」に対する解釈論

バイデンがネタニヤフを説得できない理由;米大統領の最初の曖昧メッセージが暴走を生んだ

イスラエル軍によるガザ地区攻撃は、いまや間違いなく虐殺の範疇にあるというのに、なぜアメリカはそれをやめさせられないのか。たとえハマスの行為が虐殺であったとしても、ここまで規模を拡大して報復する必要はないのではないのか。それは世界中の人道派だけでなく、ハマス殲滅を認める人間であっても、そう考える人は多い。さらには、イスラエル国内の知識人たちのネタニヤフに対する批判も高まっている。にもかかわらず、アメリカはイスラエルをまったく制御できないのである。


英経済紙フィナンシャルタイムズの国際政治担当コラムニスト、ギデオン・ラックマンは、ひさしぶりに登場して同紙3月19日付に「バイデンはネタニヤフへの圧力を強める必要がある」を寄稿している。なんで今になってこんなものを書いたのかとの感は強いが、問題を整理するため概要を紹介しておこう。

「ネタニヤフはイスラエル国民にまったく人気がない。彼は首相という地位に固執しているだけでなく、自分を監獄に送り込む裁判を中止させ続けるために必死になっている。そのために、ネタニヤフは重要な地位に極右の人間を配するような政権を作り上げたのだ。まさにイスラエルが歴史的危機を迎えた時において、ネタニヤフは自己保身的で、近視眼的な、残酷極まりない、効果もない政策を採用しているのである」


この指摘は繰り返されてきたし、間違いないことだ。これ以上、虐殺を推し進めれば、アメリカのバイデン大統領がいったように「イスラエルを救うのではなく傷つけているだけであり」、世界世論の評価も下落させているだけでなく、ハーバード大学のウォルト教授が警告したように「世界中のユダヤ人に対しても危険な状況を生み出している」。ラックマンの言葉では「さらなる死と破壊は、何十年も続く紛争の原因を新たに作っているのに、ネタニヤフのイスラエルでは、口に出して指摘することがはばかられている」のである。

ハマスの掃討は推進すべきだと主張しながらも、イスラエル国内でもネタニヤフを辞任させて虐殺をやめさせ、パレスチナ人との関係をなんとか再建すべきだというイスラエル知識人の意見は、欧米のメディアに登場している。たとえば、このブログでも紹介したように『サピエンス全史』で知られるヘブライ大学のハラリや、また、知識人の読む新聞である「ハアレツ」のベン編集長などは声をあげている。しかし、それはイスラエル国内では大きな影響を持っているようには見えない。


そこでラックマンが主張しているのが「超大国アメリカならばイスラエルの考えを変えることができる」ということである。これもすでに何人もの論者が指摘してきたもので、そこに新しい着想はない。あえてラックマンの主張に新しいものがあるとすれば、それは1996年に当時のクリントン大統領がネタニヤフに向けて口にした言葉である。「超大国というのは誰のことか分かっているのか」。この言葉はネタニヤフが傲慢に振舞ったことに対して、クリントンが堪忍袋の緒が切れて怒鳴ったものだったという。それを再びバイデン大統領にやらせるべきだというのだ。

しかし、ラックマンの記憶力には敬意を表するものの、すでにバイデンはそのチャンスを何度も無にしてきたし、いまの状況において発してもネタニヤフは真摯に受け止めることはもうないと思われる。昨年10月7日にハマスの攻撃があったさい、バイデンは大統領専用機でイスラエルに向かうが、その直前、テレビインタビューで「ハマスを掃討したのちにガザ地区イスラエル軍が占領するのはいいことではない」と釘を刺した。しかし、その後、ネタニヤフが行ったことは、まさにガザ地区の破壊と占領以外の何物でもない。


最初、欧米のマスコミはバイデン政権の戦略は「ハグ作戦」だと報じていた。つまり、ハマスが行った陰惨な攻撃でショックを受けているネタニヤフをハグして(抱きしめて)同情を示し、それから人道的事項に配慮してハマスを掃討させるという考えだというのである。しかし、このハグ作戦はまったく効かなかった。欧米のマスコミはバイデンがネタニヤフに「ビビ(ネタニヤフの愛称)よ、君が好きだ。でも、イスラエルが考えている作戦には賛成できない」と言ったという。しかし、本当は「イスラエルが考えている作戦には賛成できない。しかし、ビビよ、君は好きだ」だったとの説もある。

いずれにせよ、バイデンは初動で間違ったのであり、微妙な状況のなか初動で間違えば取返しがつかなくなるのは外交および軍事の鉄則である。ラックマンはバイデンが「軍事援助はやめるぞ」と脅して圧力をかけろと示唆して、次のように締めくくっている。「事態は難しいが、バイデンはイスラエルがいま必要とする援助を続けている。それを変えるべきだ。誰が超大国なのか、イスラエルに思い出させるべきときだ」。しかし、それはもう遅すぎるし、そもそもバイデンにはできないだろう。