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東谷暁による「事件」に対する解釈論

バイデンにネタニヤフは抑えられない;彼のイスラエル・ギャンブルは負けが決まっている

もう、バイデン大統領にできることはないだろう。それは当然の帰結だった。国内のイスラエル・ロビーにはいい顔をしたいが、パレスチナ人に同情的な若者たちの支持も失わないようにしたい、なんてことができるわけはないのだ。「イスラエル軍の米製武器の使用は国際人道法違反の可能性があるが、それを証明する手立てがない」というバイデン政権の発表は、このどうしようもない二流政治家の本性を如実に物語っている。


世界中でバイデン政権の奇妙な発表は報道されているが、とりあえず英経済紙フィナンシャル・タイムズ5月11日付の「アメリカの武器が国際人道法に違反して使われているとアメリカはいっている」から見てみよう。同紙によれば「国務省から議会に送られた公開研究リポートによれば、イスラエル軍は米国製兵器への依存が大きいゆえに、米製弾薬をガザ地区における戦闘に『国際人道法には従わない方法で、あるいは市民を害すことを制御させるやり方ではなく』使用されていると見るのが『合理的な判断』」だという。バイデン大統領は、このレポートを妥当としながらも、人道法違反を正式に認定するのは回避した。

先週、90人に近い民主党の下院議員たちが、バイデンに親書を送って問い質した。その内容というのは、イスラエルの行動は、ガザ区への援助を阻止する行為は、アメリカの法律を侵犯しているとするに「十分な証拠があり」、米国国務省の評価プロセスのなかで、「イスラエルに与えている安全保障」を再検討するように求めるというものだった。この下院議員たちは国務省のレポートを前もって読んでいたわけではないだろうが、人間には観察力と推論能力があるのだから、これも「合理的な判断」といえる。


バイデンは5月9日に「イスラエルがラファに侵攻したら、武器の供与をやめると表明」して注目されたが、これもすべての武器輸出中止ではないらしく、しかも、いまのイスラエル軍には武器弾薬の蓄積があって、このラファ侵攻には何の支障もないといわれている。すでにイスラエル軍は、ラファ東部で作戦を堂々と継続しているのだから、バイデンの表明も、そして今回のレポートの発表も、ほとんど何の抑止にもなっていないのである。

それどころか、アメリカ国内ではイスラエル・ロビーの意を体して、こうしたバイデン政権の言動を激しく攻撃する政治家たちも動きだした。また、フィナンシャル紙5月11日付の「バイデンのナタニヤフ手なづけギャンブル」によれば、軍需産業に強いとされるリンゼー・グラム上院議員を中心とする共和党の政治家たちが、バイデン大統領の武器引揚発言を激しく攻撃して、大いに盛り上がっているという。グラムはトランプの不正選挙説の支持者のひとりであり、また、イスラエル軍と米軍事産業との関係が強いことを考えると、グラムの行動が単純なものでないことが推測される。


バイデンの言動が曖昧なことに批判が集まるのは当然だと思うが、これはまずいと思ったのか、同記事ではジョン・カービィ報道官が5月9日に次のように語っている。「バイデン大統領は水晶のごとく透明明快です。もし、イスラエル軍がラファに侵入して、大通りを踏み散らすようなことをすれば、大統領はさらなる決断をすることになるでしょう。われわれはそうならないことを祈っています」。これなど、本人は苦しいだろうが、笑うしかない。

では、カービィ報道官がいう「さらなる決断」とは何なのだろうか。武器の全面的輸出禁止だろうか。あるいは、アメリ海兵隊がラファとイスラエル軍との間に割って入るのだろうか。前者はすでに述べたように、いまや何の役にも立たないし、後者はイスラエル軍アメリカ軍の衝突など起こるはずもない。アメリカがいまのネタニヤフのイスラエルを制御できない理由は、大きくいって2つある。


ひとつはバイデンが大統領に再選するためには、国内のイスラエル・ロビーを味方にできないにせよ(ほとんどがトランプに投票するという説は有力である)、敵にはしたくないからである。これまでと同様に繰り返すが、イスラエル・ロビーというのはユダヤ系ということではない。ユダヤ系はアメリカの2%でしかない。しかし、キリスト教徒でありながら、教義上イスラエルを強く支持するイスラエル・ロビーとされる人たちは、人口の16%に達し、これまでの例でいうと、選挙には熱心なので投票者の25%にも達するのである。

もうひとつが、イスラエルのネタニヤフ首相がすでに覚悟を決めているからだろう。彼は汚職などで有罪が確実視されており、首相の地位から転げ落ちると機能停止にした裁判所で裁判にかけられ、監獄に入れられるのは必至だといわれている。それなら今の宗教的右派との内閣をできるかぎり続けたいわけである。そして、アメリカの次期大統領はバイデンではなくトランプだと見切っているので、なんとか今年の11月まで首相の地位にいれば、まったく異なった国際環境が生まれると信じているのかもしれない。

いずれにせよ、バイデン大統領にはどうすることもできないファクターであり、彼は今年の大統領選で負けるのを待っているだけのことだ。トランプ前大統領が裁判やその他の悪事が発覚すればするほど、支持者の多くはトランプへの弾圧だとして彼を支えようとする傾向が強まる。しかし、イスラエル問題やウクライナ戦争への対応を抱えながら苦闘しているバイデンは、何かやればやるほど人気は下落していく。これでは出口がないのである。