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東谷暁による「事件」に対する解釈論

イスラエルが米国のいうことを聞かないのはなぜか;スティーヴン・ウォルト教授が指摘する「問題の核心」

もうラファ攻撃においてイスラエル大義は成立しない。それでもアメリカがラファ攻撃をやめさせられないのは何故なのか。ネタニヤフの自暴自棄か、米国イスラエル・ロビーの圧力か。もういちど、超大国の影響力とは何かを考え、そのうえでアメリカとイスラエルとの関係を見直してみよう。それがこれからの展開を見通すのに役立つだろう。


ハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授には、これまで何度も「登場」していただいているが、アメリカの外交誌フォーリン・ポリシー電子版3月21日にも「アメリカは思われているほどイスラエルに影響力をもっていない」を書いて、なぜ超大国で同盟国であるアメリカですらも、イスラエルのラファ攻撃をやめさせられないのかについて論じている。例によってきわめて論理的なもので、われわれが問題を整理するのに大いに役に立つだろう。

この投稿はいつもより少しばかり長くなると思われるので、先にウォルトの論文の結論部分の前半を紹介しておこう。「私はワシントン政府がこの問題について多くの潜在的な影響力をもっており、また、その影響力の行使を阻止する障壁も、以前よりは低くなったと考えている。しかし、イスラエルのいまのリーダーはこの問題を左右する波及力をもっているために、アメリカの支援を減らすという威嚇に対しても、自分の行為について重大な変更をして応えようとはしないのである」。


まず、そもそも大国あるいは国際組織が問題のある国に、これまで十分に影響力をもってきたのかという問題から考えてみよう。ウォルトはあっさりと常にそうではないことを示している。比較的最近のものでは、アメリカはイランや北朝鮮の核開発をやめさせることはできていない。後者などはミサイルも発射し続けているが、国連もやめさせることができない。

冷戦が終わった直後にセルビアが問題国となったが、NATOの要求など受け入れようとしなかった。ベネズエラのマドゥラ政権はまだ存続しているし、シリアのアサド国王も健在といってよい。アフガニスタンのカブール政府やウクライナのキーウ政府はアメリカの軍事支援を受けても、かならずしも言う通りになったわけではなかった。そして、イスラエルはどうかといえば、ベングリオンからネタニヤフに至るまで、けっしてアメリカの圧力への従属者に甘んじたわけではなかった。


ここでウォルトはいくつかのパターンを提示している。たとえば、支援を受けている国がアメリカだけの場合のときと、他にも支援国があった場合のとき。いうまでもなく、アメリカしかなかった場合にはアメリカの影響力が大きいが、他の支援国があれば支援を受けている国は駆け引きにでるかもしれない。また、支援を受けている国がこだわっている問題が、その国にとってアメリカによる支援を失うリスクより重大であれば、アメリカのいうことをなかなか聞かないかもしれない。

また、同じ二カ国でも状況の変化によって関係は変わる。興味深いのは、キッシンジャー国務長官時代に、イスラエルのラビン首相と行った軍事支援の交渉である。キッシンジャーはラビンの求めた軍事支援に対して、アラブ勢力にもう少し譲歩して軍備の拡大を抑えてはどうかと述べた。ラビンの答えは「イスラエルは弱小だからそれは危険で譲歩できない」と言う。しかたなく軍事支援を増やすとアラブへの攻撃を積極化したので、今なら譲歩できるだろうと言うと、ラビンが今度は「もう弱小じゃないのでアラブに譲歩する必要はない」と返答したというのである。


こうしたいくつかの歴史的事実とそこに働く論理とを考慮して、ウォルトはいまのイスラエル問題について3つの論点をあげている。第一に、「すでにイスラエルは昔ほどアメリカに軍事を頼っていないのに、いまもなお武器についてはアメリカに依存している」という事実である。たとえば、誘導爆弾や空爆用の爆弾だけでなく、F35戦闘機やパトリオットミサイルなどは、アメリカから供与されなければコストもリスクも高まる。また、アメリカが国際社会で行使するイスラエルへの弁護もきわめて大きい。イスラエルの戦略家たちは、こうしたメリットを手放そうとしない。

第二の論点は「外国に支援を受けている国は、自国内に抱える問題がより重要であるために圧力を跳ね返す傾向があるが、いま圧力と自国の問題との判断上のバランスはアメリカの影響力を強くする方向にある」ことは確かだという点である。かつてのアメリカはいまよりずっと強い影響力を行使してきた。たとえば、1956年の第二次中東戦争においては、アイゼンハワー大統領はイスラエルが占領したシナイ半島から撤退させることができた。また、第三次中東戦争第四次中東戦争においても影響力を行使した。1982年のイスラエルによるレバノン侵攻に対して、レーガン大統領の「怒りの電話」は侵略を中止させることができた。


では、なぜいまそれができないのか。ひとつの理由は、イスラエルのネタニヤフ首相の微妙な立場だといえる。ネタニヤフは汚職がひどく、首相の地位を失えば監獄に送られる危険があったので極右を含む政権を形成し、イスラエル国内ではきわめて評判の悪い首相である。しかし、そのいっぽう、イスラエル国民はガザ地区攻撃については賛成する者が多く、ネタニヤフはその「支持」によってアメリカが求める「二国家解決」に反対し、ガザへの攻撃を遂行して生き延びている。

とはいえ、いまのネタニヤフ政権のガザ地区での行為は、軍事支援を続けるアメリカのイメージをますます悪くしている。その結果、バイデン政権が行っている政策は、いっぽうで空輸によってガザ地区に食料をばらまき、他方でイスラエルガザ地区への攻撃に使う武器を供与するという、まったく「喜劇的」なものとなっているとウォルトは指摘している。もちろん、これはバイデンの大統領選挙での再選を危うくするものだ。それならばバイデンが行うべきことは明らかだが、そうはならない。「私が指摘したいのは単に影響力のバランスはワシントンに方向にあるということで、それがどの程度かということは言うことがむずかしい」。


第三の論点は「アメリカ国内の問題はいったい何なのか? アメリカ大統領たちが期待されたような影響力を行使できなくなった理由は、イスラエル・ロビーのパワーであり、それはイスラエルへの支援を低下させることが、大統領たちにとって政治的に危険だったからなのだ」。簡単に解説しておくと、この場合の「イスラエル・ロビー」とはユダヤ系米国民のことではなく、福音派などのキリスト教徒を多く含む、イスラエルの利害を代弁する圧力団体グループのことだ。過去の例としてウォルトが挙げているのは、フォード大統領への議員団による警告的手紙や、オバマ大統領も任期の初年に直面した共和党民主党イスラエル派によるプレッシャーである。

ウォルトはいまのガザ地区の状況について、イスラエルの対ガザ地区政策を「アパルトヘイト・システム」と呼び、また、現在の戦闘状況については「イスラエル兵たちですらTikTokYouTubeに動画を投稿しているほど」の悲惨さなのだと述べている。さらに、これまでイスラエルを支持することで知られていたチャック・シューマー上院議員ですらも、「ネタニヤフの行動はイスラエルにとって害がある」と上院で断じたことをウォルトは取り上げている。


最後に論文の結論部分に触れておこう。ウォルトは結論部分の後半でかなり踏み込んで次のように述べている。「どのような圧力をイスラエルにかければ有効なのか考察するかわりに、アメリカの戦略や道徳的な関心において、人道的悲劇に対して広範で悪影響を与える共謀的行動が、どこから来ているのかを考えたほうがいい。たとえアメリカがそれ(イスラエル支援のための共謀的行動)をやめることができないとしても、わざわざ状況が悪化するのを好んで手伝うことはないのである」。