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東谷暁による「事件」に対する解釈論

イスラエル・ハマス戦争がすぐには終らない理由;スティーヴン・ウォルトが指摘する5つの要素と批判

イスラエルハマス戦争はなぜ停戦の見通しがたたないのか。その5つの理由をハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授が分かりやすく簡潔に説明してくれている。すでにハマスの急襲から100日が過ぎ、ガザ地区はほとんど廃墟と化しているが、アメリカはなぜこのような事態に至るまで、なんら有効な対応ができなかったのだろうか。


米外交誌フォーリーン・ポリシー電子版1月8日付にスティーヴン・ウォルトの「イスラエルパレスチナ紛争がすぐには終らない5つの理由」が掲載された。これまでの経緯からしてすぐに翻訳されてネット上に投稿されるかと思っていたが、いまにいたるまで見ることができなかった(単に見逃しているのかもしれないが)。短いものだがウォルトの考えが簡潔に書かれているので、簡単な紹介をしておきたい。もちろん選択と省略があり、わたしの解釈も入っていることを了解いただきたい。

「バイデン政権は、ガザ地区におけるイスラエル潜在的ジェノサイド作戦に積極的に共犯者として加担しており、アメリカ合衆国はこの悲惨な事態において深刻なモラルおよび戦略上の犠牲を払うことになるだろう。アメリカが自称する『ルールに基づいた国際秩序』のリーダーとしての役割を否定したい世界の指導者たちは、この素晴らしい祭日のプレゼントが得られるとは思ってもみなかっただろう」


これが結論の部分のバイデン政権に対する批判である、その批判の根拠にもなっているのが「5つの理由」である。冒頭でウォルトは、このエッセイは中東の歴史を学び、毎日のニュースに注目してきた人には読む必要がなく、これまで中東やパレスチナ問題に無関心だった人の、「なぜこんなことが起こっているのか」という疑問に答えるものだと断っている。しかし「共犯者」とまで批判しているのが何故なのかは、やはりこのエッセイを読んでみる必要があるだろう。

理由の第1番目が「分割不可能な目的」と呼ばれるもので、2つの勢力が同じ地域に別の目的をもって存在していることを指している。「紛争の核心部分が構造的な問題であり、イスラエル人とパレスチナ民族独立派は同じ領域において生活し、そして支配したいと望んでいる」。そして、この地域を分割するいくつかの提案がなされてきたが、地域を独占したい人たちによって拒否され、あるいは無視されてきたのである。

理由の第2番目が、「安全保障上のジレンマ」である。ウォルトによれば、この問題はイスラエルを建国したシオニストたちが最初から認識していたものだった。1948年に建国した時点で、数の上ではアラブ系の人たちが多かったので、イスラエル人の国家が彼らを支配するのは困難あるいは不可能ですらあると思われていた。その結果として、1948年のアラブ・イスラエル戦争のさいには民族浄化的な行為が生じ、また、1967年にイスラエルヨルダン川西岸を占領したときにも同じことが起こった。


領土が狭いにもかかわらす、人口が少ないイスラエル人が人口の多いアラブ人を支配しなければならないというジレンマは、常に領土拡張主義的な問題を生み出していった。1956年にシナイ戦争に勝利したさい、シナイ半島を占領し続けようとしたのも、このジレンマから来ていた(このときにはアメリカの圧力で撤退したが)。同じことは1967年の6日戦争後にも、ゴラン高原と西岸地区の占領継続という問題を生み出した。この占領は11年後に平和条約が結ばれるまで続いた。

イスラエル人が増えて人口でアラブ系を凌駕してからも、イスラエル人とパレスチナ人が共存する「二国解決」が現実化されようとしたさいには、イスラエル側ではパレスチナ人国家には武力がないことが、この解決法の前提だと考えた。そして、イスラエルの代表は将来的に生まれるパレスチナ国家が、武装解除している必要があると主張したが、パレスチナからしてみれば、イスラエルの武力に対して永遠に無防備にされることを意味し、その実現性はまったくないとされた。


理由の第3番目は「助けにならない第三者」という現実で、この地域の問題を解決するといって介入してきた第三勢力は、ほとんどが自国の利益の確保を狙っていた。英国が1917年にバルフォア宣言をして以来、それはまったく変わらず、国際連盟の時代も、国際連盟になってからも、本当に解決しようという気がなかった。冷戦期にはアメリカがイスラエルに武器を供与し、ソ連がいくつかのアラブ勢力に対して同じことを続けた。そして今はイランがハマスイスラム聖戦、さらにレバノンヒズボラを支援して、アメリカの秩序維持の努力を「自国への脅威」であると主張して挫折させている。

理由の第4番目が「過激派の存在」である。「中東でも、他の地域と同じように、少数でしかない過激派が、しばしば困難な問題の解決努力を破綻させてきた」。1990年代の「二国解決」のプロセスは、両方の過激派によって進展が阻害されることになった。たとえば、イスラエル側ではネタニヤフが属するリクードが反対し、アラブ系側では、西岸地域を支配するPLOは交渉のテーブルについたが、ガザ地区ハマスイスラム聖戦による自爆攻撃などによって妨害されることになった。この過程のなかで、ネタニヤフは自分たちの主張を押し通すために、本来敵対していたはずのハマスを秘密裏に支援したといわれる。


理由の第5番目がアメリカの「イスラエル・ロビー」の活動である。すこし説明を加えておく。日本では論者によっては無頓着に「ユダヤ・ロビー」などと書いている人もいるが、この二つは峻別する必要がある。統計にもよるが、そもそもアメリカで「ユダヤ系」とされる人たちは2%程度で、とてもそれだけで世論を形成するとは考えられない。そして、ユダヤ系でも必ずしもイスラエルを支持しているとは限らない。つまり、イスラエルを支持するキリスト教徒が大勢いることを意味しており、イスラエル支持キリスト教徒には福音派が多いといわれる。それはバイデンだけでなくトランプにも大きな影響力をもっている。

ウォルトはこの点についての詳細は自分とシカゴ大学教授のジョン・ミアシャイマーとの共著『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』に譲っているが、中東政策にかんして、ユダヤ系の一部と福音派の多くが形成している「イスラエル・ロビー」の存在を抜きにしては論じられない。

ウォルトはこのエッセイでは「一部の人が考えていることとは異なり、私はAIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)、名誉棄損防止同盟、イスラエルのためのキリスト教徒連合が、ひとえに紛争の継続に対して責任があるとは考えていない」と注意深く書いている。しかし、すぐに「彼らや他の志を同じくする団体および個人は、(イスラエルパレスチナ紛争の停戦の)進展にとって深刻な障害になっている」と続けている。


こうしたイスラエル・ロビーが活動することによって生じてきたいちばん大きな問題は、ウォルトによれば、アメリカの政治指導者が、イスラエルが入植地建設を継続し占領地でアパルトヘイト政策を行うことをやめるように、本気の圧力をかけることをしてこなかったことだという。それは、クリントン、ブッシュ(息子)、オバマなどの大統領が、たとえ二国解決を推進しようとしていても、この決定的で有効な政治行動は行ってこなかったのだ。

「そのため、イスラエルは中心的な支援者であり保護者である存在(アメリカ)から、責任を問われることがなかった。そして、歴代のイスラエル政権は(自国の対パレスチナ人政策について)妥協したり、自国の行為の長期的な影響を考慮したりする必要性をまったく感じることなく過ごしてきたのである」

今回のバイデンの行動をみていても、どこまで本気で「人道的配慮」や「占領否定」をしているのか明確でなかったことは、よほどお人よしでもなければ分かっただろう。これを欧米のマスコミは「ハグ・アンド・クローズ」などと報じたが、つまり、ハマスの急襲による惨状を慰めて同情をすることで、ネタニヤフ政権を冷静にさせるつもりだというのだが、その効果はまったくなかった。そして、この「抱き込み戦略」が失敗したことが分かってからも、戦略の変更をした形跡はない。最後にウォルトはアメリカだけでなくイスラエルに対しても警鐘を鳴らしている。

「これらの5つの要素は、ひとつだけでも甚だしい和平への障害となりうるが、さらに5つに入れていない他の原因もあげることもできるのだ。となれば、私が言えることは、残念だがイスラエルパレスチナ紛争はそう早くは終らないということだけである。それはイスラエルパレスチナの双方にとって悲劇だろう(被害だけからみればはるかに後者が多いにしても)。そしてさらに、いまのガザ戦争におけるイスラエルの行動は、反ユダヤ主義を燃え上がらせ、世界中のユダヤ人を危機にさらしているのかもしれないのである」