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東谷暁による「事件」に対する解釈論

台湾の総統選挙をめぐる情報戦の内幕;終わりのない熾烈な戦いは続いている

台湾の総統選挙は1月13日に行われているが、選挙運動中にも中国の情報操作の試みは続いていた。それに対して、台湾もさまざまな方法で中国の介入に抵抗してきた。すでに結果が出ようとしているが、いまに至るまでの情報戦について、思い出しておくのも無駄ではない。それは台湾の戦いだったが、教訓は近未来の日本の教訓となりうる。それどころが、いまの日本にも警告を投げかけているのだ。


米外交誌フォーリンアフェアーズ電子版1月12日号は「中国は台湾の選挙を変えることができるのか」を掲載している。中国に関する情報専門家であるケントン・シボートによる執筆だが、習近平の中国が執拗に台湾の総統選挙に対して影響力を行使してきた背景とそのテクニックを紹介している。

「台湾は長い間、中国の影響力行使と情報操作の中心的なターゲットとなってきた。台湾が中国と統一するように強制する一環として、北京政府は数十年にわたって台湾の有権者たちを、中国本土に懐疑的な立候補者たちから、より友好的な立候補者たちへと向かわせるために努力を続けてきた」

ジ・エコノミストより


たとえば、2000年の総統選挙投票日の3日前に、当時の朱鎔基首相は台湾の総統候補者である陳水扁が当選したら中国軍が台湾を侵攻するかもしれないと示唆したものだった。いうまでもなく、陳水扁民進党の候補であり、台湾の独立を主張してきた政治家だった。そのいっぽうで、2008年に国民党の馬英九が総統に当選しそうになると、中国はそれまでの圧力的態度から親和的な姿勢に転換し、台湾の農産物に対して関税を下げた。

こうした台湾の選挙への介入は、2015年に北京に対して親和的でない蔡英文世論調査で優位に立ったときにも行われた。中国政府は彼女の属する民進党ウェブサイトに偽装情報や不正アクセスなどで攻撃を仕掛けたという。また、2018年の選挙のさいにも北京政府に友好的でない立候補者について、何百ものハッカー会社を使って、彼らの信用を害するようなデジタル情報を流したといわれる。

最近の北京政府の選挙介入で特徴的なのは、インターネット上の情報によって親中国的でない政治家の信用を下落させる方法を採用していることだ。もちろん、今回のような独立志向の民進党候補と中国親和的な国民党候補の大接戦となれば、さらにデジタルの世界において情報操作は加速化している。しかも、シボートによれば、手法と技術においてますます洗練されたものとなった。

ジ・エコノミストより


もちろん、台湾側でもそうした選挙への妨害あるいは介入に対しては、対抗する技術を高めてして抵抗した。たとえば、ダブルシンク・ラボ(台湾民主実験室)のような市民社会グループのネットワークは、外国の介入に対して戦う新しい手法を開発してきた。また、政府も海外からの情報攪乱的行為への対抗措置を強め、中国によるSNSを介した代理戦行為の排除につとめるようになった。さらに、台湾の有権者たち自身も、北京の情報操作にはしだいに注意深くなっていったという。

筆者のシボートは、こうした中国の選挙への介入の強化は、台湾が民主主義化を強めるなかで進んだと見ている。たとえば、民進党蔡英文が2016年に総統選挙において辛勝したことで、北京政府はますます情報操作による選挙介入に力をいれるようになった。民主主義的で熱心な普通選挙によって総統を選ぶようになれば、その過程での情報介入によって結果が大きく左右できると考えたのだろう。


しかし、台湾側も北京の情報操作に対抗する方法を開発していった。また、中国の台湾支配を恐れるNPOによる活動も広がっていった。そのひとつの結果が2020年の総統選において蔡総統が再選したことだった。「アグレッシブな中国のメディアによるキャンペーンと、中国共産党がバックにいるソーシャルメディアを通じての激しい攻撃にもかかわらず、蔡総統は再選を果たした」。

このときの台湾側の強さのひとつは、NPO的なネットワークで、ミスリードを促すようなコンテンツやスパムについて警告を発する活動を続けたことだった。もうひとつの強さは、中国のそうした情報操作の戦術について、一般市民社会の認識度を向上させることに成功したことだ。そのため2020年の選挙においては、中国は大々的なキャンペーンを展開したが、それがうまくいかなかったというのである。

このとき、中国は台湾の民進党は、台湾の代表的半導体企業であるTSMCをアメリカに売却する予定だという情報を拡散させた。これは国民の多くを驚かせ、民進党は陰で台湾を裏切っているとの怒りが巻き起こった。しかし、台湾のニュースレット「ビジネス・トゥデイ」などが逆キャンペーンを展開し、この売却情報はまったくの偽情報もしくは誤情報だと国民に警告を発したことで、国民の憤激は収まったといわれる。

こうした偽情報や誤情報はほかにも多くある。たとえば、ある民進党の政治家がアメリカの政治家とあまりにも親密すぎるという指摘があったが、それは中国共産党とその支持者による噂話にすぎなかった。また、台湾の新聞がアメリカは台湾に生物兵器開発を依頼したと報じたが、台北タイムズと台湾政府によれば中国のプロパガンダがその根拠だった。

こうした類の偽情報あるいは誤情報は、今回の総統選挙においても多数流されたことはいうまでもないことだ。情報操作をめぐる戦いは果てしない螺旋のような状態となる。そんなことは、日本をみても分かることだろう。何か嫌悪すべき情報が流れて、それに対して反キャンペーンが行われ、その際にもっと嫌悪すべきあいまいな情報が付帯される。こんどはその付帯された情報によって、まったく逆の憤りが爆発的に広がる。

「中国による台湾の選挙をコントロールしようとする試みを、ストップさせる手立ては存在しない。また、未来にわたって北京政府をなくすることもできない。しかし、台湾は情報にかんして強靭さを備えるようになってきた。北京の試みに対抗するだけの適応力を発展させてきたのである。中国は台湾の選挙をわが物にしようとするが、台湾もまた、それに備えているのである」