来日中のバイデン米大統領は5月23日の記者会見で、中国が台湾に侵攻した場合、アメリカは軍事介入する意志があるか質問され、「イエス、それが我々の責務だ」と答えた。ところが、直後、アメリカの高官が「アメリカの中国政策に変更はない」とコメントした。もちろん、中国政府はバイデン発言に抗議しているが、こうした矛盾した中国を巡るアメリカの意志表示について、世界中で議論が沸騰している。
英経済誌ジ・エコノミストは、さっそく5月24日付電子版に「台湾をめぐる米国外国の『戦略的曖昧性』とは何か」を掲載して、短いながらも意味深長な(かなり皮肉っぽい)分析を提示している。まず、結論部分を引いておくと「今回の大統領と高官のギャップは新しい曖昧性の形態を提示している。つまり、戦略的な言動と、単なる矛盾に過ぎないものとの間が、曖昧だというわけである」。
昔、どこかの国の首相の発言が「言語明瞭、意味不明」と言われたことがあった。しかし、これは、政治の言語空間自体が曖昧な表現で成立していて、結局は空気のようなもので方向性を見澄まして決定がなされていく国での出来事だった。しかも、その国の国民にとっては必ずしも幸福とはいえないものの、せいぜい、影響はその一国にとどまることが多かった。バイデン大統領の場合、東アジアにとどまらない、世界的な影響を持つので、皮肉るだけで済ますわけにはいかない。
周知のように、アメリカは1972年に中国と国交を回復するさいに、それまで正式に国交を結んできた台湾を捨てて、大陸の共産党政権を正式の相手と認めた。もちろん、これはキッシンジャー大統領補佐官(後に国務長官)が仕組んだ、ソ連の孤立化を加速する「戦略的」な外交だった。ただし、その直後にアメリカ議会が台湾法を通過させて、台湾に対する武器供与を続けることを決定した。つまり、アメリカ、台湾、中国の関係は「戦略的曖昧性」で始まっていたわけである。
今回のバイデン発言がアメリカの高官を慌てさせたとすれば、それはまったく予定されていない発言で、これまでのアメリカ外交からの逸脱を意味しているともとられかねない。ジ・エコノミストは、「すでにこの種の発言をバイデンは昨年の10月以来3回もした」と指摘している。たとえ突発的に発言しても、それが高官による否定的コメントで、従来の「曖昧さ」を維持できる時代は終わっている。しかも、ウクライナ戦争によって、いまや世界の外交と戦略が大きく変わろうとしているときだ。いや、それどころか、軍事においても大きな動きがあって不思議はない。
数日前、外交誌フォーリン・アフェアーズ電子版に「台湾をめぐる戦いは核戦争まで行く」(5月20日付になっている)という物騒なタイトルの論文が掲載されている。簡単に説明してしまうが、いわゆる「戦争ゲーム」でシミュレーションをやってみたら、意外にも、中国の台湾侵攻はアメリカの軍事介入をまねくどころか、核戦争へエスカレートする確率が高いと分かったというものである。
「もし、中国共産党が台湾を侵攻すると決めたら、国内体制を揺るがすような失敗をするわけにはいかない。ということは、アメリカとその同盟国は台湾を防衛するのに、きわめて高いリスクを負うことになる。中国にとっては目的を達成する方法はいくつもある。そのなかには核兵器を使う選択肢も含まれ、高いリスクがアメリカを紛争にかかわることから遠ざけることになるかもしれない」
もちろん、「ゲーム」なのだから、ルールの設定や状況の判断によってシミュレーションは大きく変わる。いまのような突発的な発言を繰り返すアメリカ大統領の場合、ゲームの設定もかなりリスクの高いものとなるのではないか。冷戦期の核戦争の理論家だった、シェリングやキッシンジャーたちが到達した結論が、「敵のイデオロギーや倫理的な問題を除外しても、相手とのコミュニケーションを維持するということが決定的なものになる」というものであったことを、いまだからこそ思い出す必要がある。