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東谷暁による「事件」に対する解釈論

台湾は本当に中国の侵攻を阻止できるか;最新のシミュレーションがあぶり出す危機の真実

ペロシ米下院議長の訪台をきっかけに行われた中国の軍事演習をめぐって、直前の駆け引きの報道や台湾危機シュミュレーションが、台湾をめぐる現実を明らかにしつつある。米国が中国の台湾侵攻を阻止できるとすれば、どのような条件が必要となるか。ここでは最新のCSIS(戦略国際研究センター)によるウォー・ゲームから読み解いてみよう。


ブルームバーグ8月9日付の「台湾をめぐる将来の米中衝突は甚大な損害が予測されている」は、ペンタゴンの元高官、退役将軍、海軍将校などが参加した、いわゆる「ウォー・ゲーム」を紹介している。主催したCSISのマーク・キャンキアンによれば「すべてではないが、もっともあり得るシナリオによれば、台湾は中国の侵攻を阻止できる。ただし、台湾国民のインフラや経済、太平洋に展開するアメリカ軍の損害は、甚大なものになるだろう」。

かつて米国防省ランド研究所が行ったウォー・ゲームでは、アメリカ軍の介入を阻止することによって中国は台湾侵攻を成功させてしまうというものが多かった。ここにきて状況の変化からか、台湾上陸はできても占領までには至らないといった結果が出てくるようになっている。今回のCSISのものでは、いちおうは侵攻をはねつけることができるが、それは台湾とアメリカが大きな犠牲を払ってのことだというものだった。


このウォー・ゲームの正式な発表は今年12月だそうだが、中国の軍事演習が断行されたことで、その結論部分だけでも発表する運びとなったと思われる。阻止できるなら結構なことだと思う人がいるだろうが、その「条件」は厳しいもので、シミュレーションの最中にもかなりの前提変更や緩和が、行われたと推測するほうが自然だろう。その条件の変更や緩和と見られる微妙な表現に注目することで、台湾海峡の現実に少しでも迫っておきたい。

まず、このウォー・ゲームのいくつかの前提を見てみよう。このマップにも示されているように、戦争の範囲は日本にも及んでいる。まず、中国は台湾を併合するために侵攻を企てるが、アメリカはかなりの軍事力をもってこの侵攻を阻止しようとする。日本は領土内にあるアメリカ軍基地の使用権を拡張することに承諾することになるが、日本が攻撃されないかぎり戦いには直接かかわらない。核兵器は使われず武器の能力は2026年までに配備されることになっているものに限定される。

損害の細かい数値はここでは省略して、結論にあたる部分のみ紹介するが、注目しておきたいのは台湾軍の役割がきわめて大きいことである。これは当然とも思えるが、中国が台湾侵攻を開始した当初は、アメリカ軍の介入はそれほど速やかではないことが前提とされているからだろう。前出のキャンキアンは述べている。

「地上戦においての成否はまったく台湾軍の戦いにかかっている。繰り返しシミュレーションをやってみたところでは、中国は侵攻の橋頭保を築くことはできるが、ほとんどの場合、そこから勢力範囲を拡大できなかった。中国軍の水陸両用上陸艇の消耗が、彼らの展開と維持に限界を与えるのである。いくつかの場合では、中国軍は台湾の一部を確保することが出来たものの、台湾全体を征服することはできなかった」

過去完了形で記述されているが、これは完了したシミュレーションだからであることは言うまでもない。こうした中国侵攻の阻止成功のいっぽうで、アメリカ軍がどれほどの武器を用いるか、また、台湾軍の受ける損害はどれほどなのか、これが驚くべき規模であることは、強調しておくべきだろう。


アメリカ製のハープーンや台湾製の同種のものからなる対艦ミサイルは、初期の戦闘において中国の水陸両用艇を破壊するのに大きな役割を果たすことになる。そのいっぽう、台湾の海軍と空軍の半分は、最初の1カ月で壊滅させられることになる(それほどの犠牲を払って、米軍が本格的に介入する時間を稼ぐということか?)」

こんな過酷な戦いに、果たして台湾軍および台湾国民は耐えられるのかという、深刻な疑問が生まれるのは当然だろう。しかも、MIT国際研究センターのエリック・ヘギンボーサムは次のように指摘している。「台湾は大きな島であり、その軍隊もけっして小規模のものではない。しかし、質から見た場合、台湾軍は必ずしもありうるべき状態とはいえないので、それはシミュレーションのなかに盛り込んだ(どの程度だろう?)。兵士をすべて志願兵に転換する計画ができていないし、徴兵もわずか4カ月の従軍義務を負っているにすぎない」。

最近は欧米の新聞などを見ると、台湾の蔡英文総統がヘルメットをかぶり、迷彩色の軍服を着て、現場の軍隊を激励している写真が掲載されることが多い。記事の内容も台湾が急速に中国の侵攻にそなえて準備を重ねていることを強調している。しかし、それはどこまで現実を反映しているのだろうか。たとえば、台湾の人たちは中国侵攻を差し迫った現実だと捉えているのだろうか。

ワシントンポスト紙8月9日付の「中国の軍事演習は同国が侵攻を準備していることを示していると台湾はいう」に出てくる、台湾での世論調査を見てみよう。8月8日に台湾の調査会社が発表したデータによれば、同月3~5日の調査では60%以上の人が台湾海峡の緊張が軍事摩擦には移行しないと考えている。また、54%の人がペロシの訪台は米台関係にとってよかったと感じているという。これは台湾の人たちが冷静な反応を示したともとれるが、あんまりいまの情勢をシリアスに考えていないのではという危惧も抱かせる。

ft.comより:軍服姿はたしかに決意を表明しているが、現実はどうなのか


日本での報道も多くなったが、欧米のマスコミの台湾侵攻可能性の報道は、ペロシ訪台の後には爆発的に増えた。すべてを読むことなどできないが、英経済誌ジ・エコノミストが掲載した何本もの記事のうち、8月11日号に載った「米中の台湾をめぐる戦争をいかにして阻止するか」という短い社説の次の部分は、ちょっと気になった。いや、かなり注目しておいて悪くないと思われる。

「台湾は同国の将軍たちが好む高価な武器よりも、ウクライナで使われている小型の持ち運びが容易な武器を用いた戦略をより必要としている。この島は中国が飲みこむのが難しい『ヤマアラシ』になるべきなのだ。ウクライナのように、台湾もまた自らが防衛する意志を示さなくてはならない。この島の軍隊は長い間、腐敗と無駄遣いとスキャンダルに悩まされてきたのである」

はたしてウクライナが、本当に自国の防衛を自らの力だけでやろうとしてきたのか、また、この国の軍隊が腐敗やスキャンダルと無縁であったのかは、ここでは問わないことにしよう。しかし、台湾の軍隊については、中国の台湾侵攻が現実のものとして議論されるまでは、欧米ジャーナリズムが軍関係者の発言と現実との齟齬を、問題視することは少なくなかった。

たとえば、ブルームバーグ2020年8月20日付の「台湾の軍隊は派手なアメリカの武器はもっているが弾薬はもっていない」という、かなり揶揄を含んだタイトルの記事は、台湾軍の腐敗と歪んだ武器の保有のありかたを指摘していた。たとえば、優秀な若い将校が部品の調達で上官ともめて自殺に追い込まれた話とか、保有戦車のうち90%は「いちおう走れる」が、実戦に使えるのは「わずか30%程度」だという話が次々と出てくるのである。

ft.comより:危機にあるといわれてからも台湾の軍事費は横這い状態である


こうした事態はもう2年も前だといえる人はそれでいい。しかし、前出のフィナンシャルタイムズ紙が掲げている「中国の軍事支出は台湾をはるかに上回る」というグラフは、中国が多いという事実よりも(そんなことは当然だろう)、台湾の軍事支出がさっぱり伸びていなかったことに驚くべきだろう(意図的に少なく見せているのでないとすればだが、それはないだろう)。どうも、最近の戦争シミュレーションは、ウクライナ戦争での意外な優勢に刺激されてか、台湾侵攻においての阻止条件も甘くする傾向が生まれているのではないか。

私は「台湾のいまを考えることは日本の将来を考えることだ」との、いわゆる保守主義者みたいな間抜けたことをいう気はまったくない。そんなことよりも、こうした事実を見ていけば台湾の「決意」とか「毅然」とかを称賛する以前に、もっと現実を見るべきだと思う。そうすることで「台湾のいまを考えることは、すでに日本のいまを考えること」であることが明らかになるからである。