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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ロシアの「ステロイド経済」はいつまで続くか;戦争は継続できても終結したときが怖い

第5期目を迎えたプーチン大統領は矢継ぎ早に人事の刷新をはかり、米国から追加の武器が届く前にウクライナへの侵攻を加速している。その戦いを支える経済は好調で、経済制裁を受けている国とは思えないほどだ。しかし、よく観察すれば「ステロイド経済」の性格が明らかで、長期的な繁栄を支えるものとはなりえない。プーチンは戦争においても経済においても、「時間との闘い」に勝利しなければならない。


すでにこれまでもロシアの戦争経済についての分析は紹介してきたが、独紙フランクフルター・アルゲマイネ紙5月12日付が「ロシアの戦争経済は成長している」を掲載しているので、改めてその構造とこれからの展開について見ておこう。ひとことで言えば、武器を始めとする戦争に必要な生産が急進しているお陰で、全体の生産は急増し、賃金も上昇しているので「活況」を呈しているが、それはバランスのよい経済ではないということだ。

「もう2年ものあいだ西側諸国は、ロシア経済が経済制裁によって全面的に崩壊することを期待してきた。しかし、すでに昨年にGDPが3.6%の上昇を見せたことで、大きく期待は裏切られた。2022年には1.2%にまで後退していたのだが、さらに今年はIMFの予想では3.2%に達するとされている。これはフランスやドイツを大きく上回る予想値であることも知っておくべきだろう」

フランクフルター紙より:ドイツ経済より良いようにも見える


もちろん、この数値が平和で穏やかな時代のものでないことは分かっている。まずは、戦争経済というものはこうした側面があることを思い出しておく必要がある。まちがっても、どんどん財政出動をすれば、どんな国でも常に経済は成長するなどという説が証明されたと思ってはいけない。後半でちゃんと種明かしをするように、この種の経済は健全な長期的な経済モデルとはなりえないのである。

まずはプーチンがご自慢の、いまのロシア経済の数値を見ていこう。今年第1四半期の石油とガスの売上からの歳入は前年同期から79%も上昇している。また、他の経済部門からの歳入も24%増加している。第1四半期の経常黒字は43%の増加、昨年の失業率は3.2%と低かったが、今年2月には2.7%にまで低下した。財政赤字もGDP比でわずか0.3%にとどまっている。

ジ・エコノミスト誌より:なんとかインフレも抑えているようだ

 

ちょっと記事を離れるが、戦争経済の繁栄で有名なのは、第2次世界大戦中のアメリカで、当時の経済担当者が「こんなにうまくいくなら、ずっと戦争していたい」と歓喜したといわれる。それはそうだろう。当時のアメリカは生産力が世界で群を抜いており、武器弾薬はどんどん世界中で消費されて、国内に残っている女性たちを動員しても、失業者はほとんどいない状況だった。しかし、こんな経済を維持できるのは、アメリカが資源に著しく恵まれた国であり、また、連合国参加国という親しい言うことをきく国家が多くあったからである。

さて、いまのロシア経済の異常な繁栄は、異常な状況の裏返しで、第2次世界大戦のアメリカと似ていないこともないが、いくつかの点で大きく異なっている。そこらへんが、やはりこれからの問題として、浮上してこざるをえない。まず、政府の歳入が増えているのは、石油とガスの売上が、文句なしに上昇しているからではない。歳入が急上昇しているのは、輸出量が増加したというよりも「税金が輸出量ではなく製油量に掛けられるようになったことが大きい」。つまり、税制の変更が大きいのである。


また、経済全体の成長が続いているのは、いうまでもなく歳入が多くなって、軍事費に回す政府支出が拡大しているからだが、この割合は政府支出の3分の1を占めるまでになっている。貿易に目を転じれば、第1四半期の経常黒字が増加しているのも、貿易が盛んになったからではなく、輸入が10%も減ったのに輸出が5%の減少ですんだからで、全体として貿易は縮小しているわけである。

もちろん、中国がいまも最も重要なパートナーであって、石油とガスの買い手であり、マイクロチップや軍需に必要な物品の売り手として、戦争を続けるロシアを支えている。しかし、インフレ率は8%あって目標の2倍となっている。アメリカの圧力によるとされるが、中国の有力銀行がロシアとの取引を停止するところが出てきて、これがインフレを加速しているともいわれる。金利もいまや16%にまで上昇しているから、国民の生活には大きな影響が生まれている。

ジ・エコノミスト誌より:経済成長はこれだけを見れば順調


「ロシア人がすべて戦争経済から利益を得ているわけではなく、軍需産業が盛んな地域や、トゥヴァ、ブリヤート北コーカサスなどの貧しい地域においては、ウクライナ戦線に多くの労働力が回されて希少になり、給与におけるアンバランスな上昇がみられる。そのいっぽうで、教師や医師、公共機関の職員などは給料が据え置かれ、また、年金生活者はインフレに苦しんでいる」

戦争のお陰で成金になる人間もいれば、そのオコボレニにあずかれない人もいるという光景は歴史的にみて珍しくないわけだが、ロシア経済を全体的に見れば、これは長期的に続くものでなく、その結果が悲惨なことは歴史上の例を振り返れば予想できる。そもそも、最近の戦争というのは短期で終わり、ウクライナ戦争のように何年も戦いというのは例がほとんどなかったのだ。


「製造された戦車や武器は、将来に向けた付加価値を生み出さないだけでなく、兵士への高額な給与や手当が政府財政を圧迫していくことは間違いない。この給与や手当を受け取っている兵士の家族を通じて、クレジット市場と住宅ローン市場に資金が流れ込み、いまやバブル状態になっており、戦争が終結したときバブルが一気に崩壊する危険もあるとの指摘もなされている」

そもそも、いまのウクライナにおける戦線を観察すれば、すぐに停戦協定が結ばれる可能性は低く、また、今年の秋に予定されているアメリカ大統領選挙の結果しだいでは、さらなるロシアの大攻勢も考えられる。そうなれば(そうなる確率は高いが)、ロシアのいまの「ステロイド経済」は加速されてしまい、さらにバブルが大きく膨れ上がり、それが破裂したときの悲惨さも、さらに巨大なものになってしまうだろう。