ウクライナ戦争は第3次世界大戦になりつつあると論じる人もいる。ウクライナの背後にはアメリカがいて、ロシアの背後には中国が控えているから、新冷戦といってよいという指摘もある。第3次大戦はともかくとして、すでに新冷戦あるいは第2次冷戦の様相を強くしているのは間違いない。では、世界はどのように分断されているのか。
フィナンシャルタイムズ紙の外交コメンテーターであるギデオン・ラックマンが、同紙6月6日号に「ウクライナと第2次冷戦の始まり」を寄稿している。「いまの世界の動向は冷戦への回帰だといって過言ではない」というわけだが、そうした指摘は必ずしも新しいものではない。もう世界中のメディア、冷戦研究家、政治評論家たちが「冷戦」と比較しているからだ。
しかし、ラックマンのこのエッセイの気になる指摘は、次のような点にあるといえる。「もう一度言おう、アメリカは民主主義国を糾合してロシア・中国枢軸国に対抗しようとしている。さらに言おう、核兵器の使用すらいまや国際政治の中心的話題になっているのだ。そして加えて言う。いずれのブロックにも属していない巨大な部分、いま『グローバル・サウス』と呼ばれている諸国が、両ブロックの激しい囲い込みにあっているのである」。
赤い部分が「グローバル・サウス」
この「グローバル・サウス」というのは、かつては第三世界と呼ばれ、また、途上国とも呼ばれた、地球の南半分を指していて、しばしば、「南北問題」そのものを意味することがある。たしかに、いまのウクライナ戦争はヨーロッパで戦われており、北半球の出来事だが、ウクライナ侵攻を行なっているロシアの、そのまた背後にいる中国は、実はこの「グローバル・サウス」を巻き込んで「現状維持勢力」であるアメリカと先進国と対峙しようとしているというのが、ラックマンの言いたいことらしい。
こうしたグローバルな視点でみれば見えてくる状況について、意外なことに、アメリカがウクライナで(代理戦争によって)戦っているのは、ロシアだと思っている人は多い。しかし、すでに世界は「現状維持勢力」と「現状変更勢力」との巨大な対立構図に向かっており、これこそが「資本主義」と「社会主義」、「自由民主主義」と「独裁共産主義」との対立となった冷戦期と類似した構図が、いま生まれているというわけだ。
こうした構図から考えれば、中国がこれまで延々と繰り返してきた途上国への援助や、その集大成としての「一帯一路」は、いまやウクライナ戦争のなかで、ますます明瞭な姿をみせているというわけである。
「前回の冷戦との大きな違いは、今回はアメリカはロシアではなく、最大の深刻な敵である中国と対決していることである。戦争を始めたのはロシアのプーチンだが、実際にはバイデン政権は中国に焦点を当てざるをえず、ウクライナ戦争はヨーロッパの安全保障の戦いであるだけでなく、もっとグローバルな秩序についての戦いでもあることが見えてくるわけである」
ラックマンが憂慮しているのは、こうした構図が明らかなのに、アメリカのバイデン大統領がいまいち「グローバル・サウス」との連携に力を入れていないことだ。あるいは、失敗していることである。たとえば、最近、ワシントンで開催されたASEANのサミットでは、非公式にではあったが、ASEANの指導者には、今回のウクライナ戦争について、NATOの責任を指摘する者がいたという。つまり、あまりにNATOを拡大することに入れ込みすぎたのではないかという批判で、これはロシアの主張であると同時に、アメリカでも一部の政治学者が指摘していることである。
この構図からすれば、いうまでもなく、ナレンドラ・モディ首相に率いられるインドが、アメリカとその同盟国にとっても最大の問題となる。ウクライナ戦争についてのインドの立場は、いまや、きわめて微妙なものとなっている。ウクライナを支援することは回避し、また、国連でのロシア批判での投票は欠席し、ロシアからの石油輸入の量も増やしている。しかし、中国を「封じ込める」ためには、アメリカと同盟国はインドをどうにか自分たちの陣営に引っ張り込む必要がある。
ラックマンはアフリカについては触れていないが、「グローバル・サウス」問題の専門家である彼が知らないわけはなく、中国はこの20年ほどの間にアフリカ諸国との関係を構築するのに多くのエネルギーと資金を投入してきた。英経済誌ジ・エコノミスト5月28日号は「アフリカにおける中国」との多角的特集を掲載して、アフリカ諸国の対中国負債が巨額になっているのを憂慮すると同時に、「西側諸国はもっと中国以外の選択肢をつくるべきだ」と指摘している。
最後にラッチマンのエッセイの締めくくりの部分を引用しておこう。「未来の歴史家は、30年間のグローバリズムで隔てられた、第1次冷戦と第2次冷戦を比較しつつ語ることだろう。第1次冷戦は1989年にベルリンの壁崩壊で終わった。そして、第2次冷戦はロシアによるウクライナ侵攻で始まったと書くことだろう」。
少し付け加えておくと、ロシア単独での戦争は長く続けることは不可能だろう。それは、シリア爆撃のさいにも「息切れ」が指摘され、すでに戦争継続能力が疑問視されていた。ウクライナ侵攻のさいのロシア経済は、エネルギー価格が上昇していたので継続能力は高まっていたと思われるが、それが4年とか5年とかは無理ではないかと思われる。金融経済もさることながら、実体経済がお粗末なのだ。急速に高度な武器を供給する能力を備えていないのである。
したがって、政治学者のなかにはロシアは核兵器を使うように追い込まれ、そのときウクライナ戦争は終わることなると述べている者もいるほどだ。しかし、たとえロシア自体の戦争継続能力が枯渇しても、本質的には背後に中国が控えている「第2次冷戦」であるとすれば、そうとはいえなくなる。ロシアを破滅させれば、自由と民主主義の世界が来るわけではない。中心的な担い手が変わって、冷戦自体はその後も継続される。