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東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国経済はもう世界最大にはなれない;日本の「失われた20年」の二の舞になる危険は大きい

中国はこれからどうなるのか。世界のなかの日本を考えるさいに、アメリカの動向と並んで最大の関心事である。中国経済の破綻を見て、この国は解体すると論じる人がいるいっぽうで、住宅価格も下げ止まったので再び繁栄が戻ってくるとの報道もある。では、中国はこれからも経済繁栄を続けて、GDPにおいてアメリカを抜くところまで拡大するのか。


英経済紙フィナンシャル・タイムズ9月8日付にモハメド・エラリアンが「中国はもう世界最大の経済大国になることはない」を投稿している。現在、ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ学長を務め、アリアンツのアドバイザー。エジプト系アメリカ人としてニューヨークに生まれ、ケンブリッジ、オクスフォードで経済学を学び、IMFを経てPIMCOの共同経営者などを経験している。10年ほど前には「金融を動かす世界の100人」に選ばれたこともある、実務派エコノミストである。

「いまや中国が、以前の経済繁栄や財政政策に戻れないことを認識すべきだ。そしてまた、世界経済の力強い牽引車に復帰することも当面はないだろう。2023年と2024年第1四半期についても、経済パフォーマンスは精彩を欠いたままにとどまると思われる」というのが、かつて2007年に『市場の変相』を書いて、翌年のリーマンショックを予言したエラリアンの見通しである。

では、なぜ彼がそう考えるのかを見ていこう。中国経済がいまのような低迷を続けているのかの原因については、大きく見て2つあるという。第一が、厳格なゼロコロナ政策から活気をもって立ち直ることに失敗したこと。第二に、持続的で構造的な経済成長への困難を克服していないことである。

後者の経済成長を阻害しているものとしては、あまりにも不動産への依存が大きかったこと、地方政府の巨大な負債、国有企業の非効率性、収益率が低い製造業、そして国内に限定した閉鎖的インターネット市場などがあげられる。もちろん、中国政府はこうした問題に取り組んできたが、過剰な規制、継続する地政学的危機、そして対外投資の失敗などから、バブル崩壊で低迷した日本の二の舞を踏む可能性もでてきたという。


エラリアンによれば、中国が直面している問題は、経済成長問題だけではなく、巨大な財政問題が居座っている。ことに「巨額の借金のポケット」つまり隠れた負債の大きさは、金融システム危機を生み出すかもしれない。不動産業を取り巻くリスクは家計をさらに消費から遠ざけてしまい、若者の大量失業問題は当局がそのデータを隠すという行為もあって、未来に対する不透明感を強くしている。

対外貿易や対外投資についての見通しも問題が大きい。中国とアメリカとの経済的なデカップリングは、すでに大きなマイナスの結果を生んでいる。この問題は成長に必要な輸出額を下落させ、重要な物資の輸入を阻害し、海外への直接投資を低迷させ、そして、投資家たちのこれからの見通しを寸断してしまっている。

では、中国政府は、こうした多くの問題に真剣に取り組んでいるかといえば、とてもそうとはいえないと彼はいう。やっていることといえば、これまでと同じような経済刺激策に終始し、新しい産業が育たない「成長の罠」を回避することを難しくしている。同じような罠は他の新興国においても、すでに先進国へのキャッチアップを不可能にしてきた。また、一気呵成の経済刺激策はしばしば腐敗を拡大するだけに終わっている。


中国の官僚たちは、古びた既存産業の復活のために刺激策を通じて細かい点についても介入するようなやり方を続け、その一方で高付加価値な製造業、グリーンエネルギー産業、健康産業、人工知能部門、スーパーコンピューター産業、ライフサイエンス部門などと連携しようとしているが、必ずしもうまくいっていない。というのも当然で、先端産業が成功するには時間がかかり、短期的には創造よりも破壊が先行することを理解しないからである。

こうした中国の状況を概観して、エラリアンは中国が国内において活気を取り戻し、世界的には経済成長の牽引車だった時代に戻る、という期待を捨てろというわけである。しかも中国の将来への方向を転換するには、(台湾をめぐる)地政学的な問題と直面していて国際関係の調整が難しく、また、当局の担当者たちは中央主導に傾きすぎて、有力な成長の芽が出てきても、こまごまとしたミクロマネジメントに陥ってしまう。「いろいろ論じる人はいるかもしれないが、中国が世界で最大の経済になることは、もはやありえない」というわけである。

もう20年くらい前になるが、「中国は崩壊する」というテーマが保守系の雑誌などで流行したことがある。私にも「おはち」が回ってきたので、「中国は崩壊する」という議論は、実はバラバラで共通のテーマになっていない、それでは本当の議論に発展していかないというと、編集者は大いに賛同してくれて、ぜひそれを書いて欲しいという。

 

そこで書いたのは、「崩壊」にはレベルがあって、1)周期的に「王朝」が興亡する中国文明が崩壊する、2)いまの中華人民共和国が分裂する、3)中国共産党の支配が終わりになる、4)いまの中国経済の成長が挫折する、という少なくとの4つのレベルがごっちゃに論じられているので、単なる気分だけの議論になっているというものだった。原稿を渡すと編集者は最初の話のように大きく取り上げてはくれず、目立たないようにひっそりと掲載されたものだった。まあ、それはそうだろうと思った。

今回の中国の危機は4番目のもので、購買力平価ではすでにアメリカを超えて世界最大だが、ドル換算GDPでの最大には当面ならないという話だ。それがそのまま中国共産党が支配する政治体制を変えるものになるとは限らないし、中国が群雄割拠して分裂する事態もないと思われ、また、200年から300年の周期をもつといわれる中国文明そのものは、ほとんど無傷に近い状態だと思われる。

逆にいえば、これくらいが日本としてもありがたいわけで、政治的混乱まで引き起こしたら、東シナ海には難民ボートがたくさん浮かび、日本への亡命者があふれるかもしれない。とはいえ、もっとも小規模な経済成長の崩壊であっても、世界経済は成長の牽引車を失い、日本からはインバウンド客が消え、そして東アジアの平和は損なわれる危険が大きくなることは、想定しておいたほうがいいだろう。