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東谷暁による「事件」に対する解釈論

習近平の中国は黄昏を迎えた?;中国共産党大会の最中にGDP発表が延期される

中国共産党大会が開催されている最中の10月17日、翌日に予定されていた国家統計局による第3四半期のGDPの数値発表が「延期」された。さまざまな憶測が飛び交っているが、権力者が満足できるものを隠すわけがなく、いずれにせよ党大会への悪影響を避けたことは間違いない。同日午後6時(日本時間)には、この「延期」が世界で報じられたが、中国当局のコメントはまだ出ていない。

頂点を極めてしまえば、あとは落ちていくだけなのか?


中国の第3四半期GDPは、ブルームバーグなどが年率3.3%と予想していた。これは中国政府が目標としている5.5%よりかなり低いもので、フィナンシャルタイムズ電子版10月17日付の「共産党大会の最中に中国は中心的なGDPデータ発表を延期」によれば、「国家統計局はコメントを求められたが、すぐのコメントはなかった」という。ひょっとすれば、「延期」された数値はもっと低かったのかもしれない。

GDPの伸び率が低くなることは、すでに予想されていたのだが


同紙に登場するINGのエコノミスト、アイリス・パングによれば、あまり高くない数値や大きなイベントがあるときに、中国当局が発表を延期するのは珍しいことではないという。「こうした統計からは思わぬノイズが出てくることがあります。第20回中国共産党大会が進行中ということもあって、混乱したメッセージとなったり、不正確な市場へのシグナルになれば、乱高下もあり得ますから」。しかし、これまで万難を排して準備を積み重ねてきた中国共産党大会に、泥を塗るようなことを、なぜ敢えてやったのだろうか。

土地の使用権を売ってきた地方公共団体は壊滅的打撃を受けた


同紙は中国がこのところドラマチックな経済刺激策を控えており、たとえば人民元がドルに対して安くなるのも受け入れていると指摘している。「中国人民は政府にもっと打って出てほしいのに、ざっといって今年はちょっと遅れすぎといった感じだ」とシンガポール大学東アジア研究所のバート・ホフマンは述べている。ここには、中国にとって5年に一度の最も大切な中国共産党大会を前にして、かなり慎重になっていたという事情はあったかもしれない。

しかし、モルガンスタンレーエコノミストは、これまでの党大会では「GDPは最重要事項として強調されてきた」と断言している。中国共産党は2035年までに「それなりの豊かな社会」を目標としており、達成されれば一人当たりGDPが20000ドル(約300万円)相当になるとされていた。しかも、始まったばかりとはいえ、習近平の報告を聞いただけでは、彼自身の政治的成果は強調されても、経済については明確な未来像が示されたとは言い難かった。

バブルの崩壊で住宅価格は下がったが、まだ庶民には高値の花だ


隠しているといえば、GDPなどの数値を隠しているだけではない。習近平の報告では、この数年の間の大きな事件について隠している。真正面から述べたのは「台湾問題」だけであり、それは「武力による解決を放棄しない」という威嚇的な意志の表明だった。しかし、中国国民にとっては「ゼロ・コロナ」政策はどうするのか、また、経済成長を引っ張ってきた不動産ビジネス崩壊を、いかに収拾するのかといった、もっと身近な不安や疑問への明快な答えが欲しかったはずである。

すでに、ジ・エコノミスト10月13日号は、習近平の報告では、中国国民が本当に知りたいことは語られないか、語られても簡単に触れる程度になると予想していた。「輝かしい業績として報告されるのは極貧層(1日の生活費が2.3ドル)の消滅だろう。しかし、重要な問題は表面的に触れられることになる。そこにはこれからの経済成長や習近平が実行してきた厳格なゼロ・コロナ政策の問題があり、また、株式市場の下落や都市で購入可能な住宅の不足などの重要な問題がある」。


もちろん、政治家の行う演説や報告が、自分に都合のよいものだけに終始するのは、自由と民主主義を標榜する国においても同じことだ。しかし、今回の習近平の報告は政治的なライバルがまったく存在せず、また、国内の批判的マスコミも不在の状況のなかで行われた。「ノイズ」や「混乱」の原因だとして、GDPなどの経済数値の発表が「延期」されたからといって、いまさら驚くようなことではないのかもしれない。それほど習近平は独裁的権力を持ったということだ。しかし、問題なのはまさに「ノイズ」であり「混乱」を生み出してしまう、いまの中国の隠された現実のほうなのだ。

ジ・エコノミスト10月16日の「中国共産党大会で習近平は堂々と振舞った」では、習近平の報告演説より数日前に、北京の北西にある橋に政府への抗議の垂れ幕が掲げられたことを伝えている。その垂れ幕には「われわれはコロナ・テストはもういい。われわれはちゃんとした食事をしたい。われわれはロックダウンなどはたくさんだ。われわれは自由な生活をしたいのだ」との文言が書いてあった。さらには習近平を「独裁者」とか「裏切者」と呼んでいたという。大げさに受け止める必要はないが、中国の内部には巨大な不満が蓄積していることは間違いない。

【追記:10月24日】中国共産党大会が終了した後の24日に第3四半期のGDP成長率は3.9%(年率換算)と発表された。この数値は予測されていた数値3.4%よりは高いので、大会中の発表を中止するほどのものか疑問だが、年間目標の5.5%よりは十分に低く、発表の責任者が忖度した程度のことかもしれない。しかし、大会によって明らかになった第3期の習近平体制は反対派を一掃する激しいもので、李克強首相は幹部にすら残れなかった。胡錦涛が強制的に場外に連れ去られるという事件もあって、「ドラマチック」と表現した海外報道機関もあった。胡錦涛については、報道機関の取材が許されて直後の事態であり、その直前に胡錦涛が何をしたかは不明である。病気説と見せしめ説があるが、これまで党大会で長老が強制的に連れ去られるという事件はなく、また、大会で長老が抗議の発言をしたという前例もない。胡錦涛は79歳なので、いちおう病気説も考えておいたほうがいい気がするが、ともかく第3期ということ自体が本来あり得なかったわけで、これから単に習近平の独裁が強まるだけでなく、指導体制において多くの弊害が多面的に顕在化してくることは確実だと思われる。